第39話 そんなの、私が許さない1


 俺が追い付いた頃には、すでにことは終わってしまっていた。


 抵抗したのだろう東雲しののめの刀が折られて路上に転がっており、当の東雲は鬼に組み伏せられていた。そのかたわらではまくらさんがひざを折っていて、路上に眠る瑠衣るいのことを見つめている。


「……獅子堂ししどう君」


 東雲は鬼の下で悔しそうに顔を歪めていて、


「まくら、頃合いだ」


「仕方ありませんね」


 鬼の言葉にうなずいたまくらさんが、瑠衣を抱きかかえようとしていて、


「待ってください!」


 俺は折れて転がる東雲の刀を拾った。


 剣道のように両手で柄を掴み、その切っ先をまくらさんへ向ける。


「瑠衣が、何をしたっていうんですか?」


「……この世には、どうにもならないことがあります」


 まくらさんが顔を上げ、俺を見つめていた。


「瑠衣は次に目覚めた時、鬼となるでしょう」


 まくらさんが立ち上がったと思ったら、すでにその姿は俺の目の前にあった。


 さきほどよりもはるかに速い。


 まだ、本気を出していなかったという事か。


「そして、人間は鬼に抗うことができません」


 まくらさんは、気付いた時には俺の構える刀の切っ先を指で掴んでいた。


 俺は両手に力を込めるが、刀はびくとも動かない。


 華奢に見えるまくらさんの指先に、これほどの怪力があるとは信じられなかった。


「私は鬼になる前に、瑠衣を殺します」


「……それが親のやることですか?」


「親だからこそ、ですよ」


 まくらさんは目を伏せて続ける。


せんさんという特殊な鬼しか見たことのないあきら君には分からないかもしれませんが、鬼とは本来、人間を食べ物としか思わぬ魑魅魍魎ちみもうりょうの王。私は瑠衣るいに、人を殺してほしくはありません。それが霊媒師としての……いえ、親としてできる最後の――ッ!?」


 瞬間、まくらさんの体が吹き飛ばされた。


 まくらさんはその勢いのまま、隣のへいに叩きつけられてしまった。


 砂ぼこりと瓦礫がれきに包まれる中、いったい何があったのかと思う俺の前。




 瑠衣が立っていた。




 瑠衣の額にある角は先ほどよりも大きく成長しており、その右腕は黒く染まっている。


 右手の先からは長い爪が伸びており、それを使って、瑠衣はまくらさんをおそったらしい。


 瑠衣の顔は眠っている時のままで穏やかだが、その口からも黒い牙がのぞいている。


 瑠衣は確実に、鬼に近づいていた。


「予定より早いな?」

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