第35話 ひと揉みの価値1


「勘違いしてほしくないんだけど、これは立派な医療行為いりょうこういで、仕方なく私とルイルイは獅子堂ししどう君の隣で寝ていたの。幽霊や鬼に受けた傷っていうのは霊痕れいこんと言って、精神エネルギーを削り取られて細胞が弱っている状態で、それを治すための方法はひとつだけ。それは他者の精神エネルギーを供給し満たすことよ。ただ、精神エネルギーっていうのは空気中に発せられると弱くなってしまう性質があって――布団の外に結界を張り、その中で人肌を合わせることで、できる限り効率的に供給できるのよ。私たちは獅子堂君を助けるため、文字通り一肌脱いだってわけ。そして、私は二日半の看病の果てに疲れ果てて眠ってしまったのよ。何か文句ある?」


 文句ねぇけど、すげぇ早口だな。


 叫び終わった後、東雲はそそくさとベッドから飛び出し、制服を着ながら喋りたてた。


 俺も東雲にならって制服を着るが、俺の制服はボロボロで血がこびりついている。


 目覚める前の俺は思ったよりも危険な状態だったのかもしれない。


「ここは東雲の家なのか?」


「ええ、一人暮らしだから安心してもらって構わないわ」


 ここはどうやら、東雲の借りているマンションの一室らしい。


 高校生の一人暮らしって珍しいなと思いながら、助かったとも思う。


 東雲の家族がいたとしたら、血まみれの俺を連れてくることもままならなかっただろうしな。


 ちらりと掛け時計に目をやれば、すでに時刻は昼過ぎの三時を回っている。


 大切な夏休みの二日間を、俺は睡眠だけで過ごしてしまった。


「とりあえず、東雲は俺を助けるために色々してくれたってことなんだろ? ありがとな」


 俺の礼に、東雲はかぶりをふる。


「それは違うわ。そもそも鬼に襲われたのは私のせいで、獅子堂君を巻き込んでしまったのは私の落ち度。しかも、あの場に獅子堂君がいなかったら、私は死んでいたかもしれない。感謝してもしきれないのは私の方よ。……まさか寝こみを襲われるとは思わなかったけれどね」


 東雲は胸を抱いている。


「……それはマジですまねぇ」


 その事故については、平謝りすることしかできない。


 俺は背後に半裸の女子高生がいると気づけるほど、人生経験が豊富じゃなかった。


「これは一つ貸しにしとくからさ? 何か頼みがあったら言ってくれよ」


 俺の言葉に、東雲はひかえめに笑ってくれた。


「ふふ。冗談よ。でも、とりあえずそういうことにしといてあげるわ」


 頭がえてきたからだろうか、


「さて、これからどうしましょうかね」


 深刻そうな東雲の表情を見て、色々と疑問が浮かぶ。

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