第33話 まさか、こいつは素人か?


「……おい、小娘? こいつは獅子堂ししどうわす形見がたみじゃないのか?」


 鬼は、驚いていた。


 獅子堂の忘れ形見が、フェイントもないただの張り手で地面に押し付けられ、そのまま血を流して動かなくなってしまったからだ。


 いや、確かに、鬼は忘れ形見を挑発し、恨みを買うことを望んだ。


 そのまま忘れ形見が斬りかかってくることは想定内であったし、ある程度の実力差があるのは最初から理解していた。小娘には実力差を見せつけるためだけにある程度の本気を出したが、忘れ形見に対しては、かなり手を抜いていたのだ。


 しかし、これほど弱いとは、想定外だった。


「まさか、こいつは素人しろうとか?」


 鬼がその答えを導き出すのに時間がかかったのには訳がある。


 そもそも、ただの素人が化け物である自分に斬りかかってくること自体が普通ではない。普通の人間なら、本能的に逃げることを選択せざるを得ないほどの実力差に気づくはずだ。


 さらに言えば、鬼が殺した獅子堂という男は、霊媒師の中でも上から五本指には入る実力派であった。その戦闘スタイルは我流もいいところで、どんな相手にも飄々ひょうひょうとした態度を取り、素人を装うような動きですきを誘い、必殺の一撃で喰らいつくことを知っていたからである。


 しかも、忘れ形見は眉唾まゆつばとはいえ、鬼を倒す可能性のある〝刀〟を手に持っていた。


 偶然ではあったが、忘れ形見がその知識を持ち合わせていると、鬼は錯覚さっかくしたのだ。


 結果、素人同然の動きが、そのまま本当に素人であるという当然の答えに気づかなかった。


「このわらわが、素人に手を出したじゃと? こんなはずでは――小娘、聞いておるのか?」


 単独行動を取ってしまったことを、今更のようになげく。


 鬼が返事のないことに疑問を抱きながら振り返ると、そこにも意外な光景が広がっていた。


 先ほど倒れていた小娘が、足をそろえ、土下座をしていた。


「……すみませんでした」


 死を覚悟しても、自らの命をしても、目的のために抗っていた小娘が、だ。


「私の命は差し上げます。ですが、どうか、獅子堂君の命だけは、助けてください」


「……」


 鬼は、その姿を見て頭をかいた。


 なぜこうも上手くいかないのか。


 なぜこうも馬鹿しかいないのか。


 自分を含めて呪うことしかできない。


「小娘、顔を上げよ」


 鬼がそう口にしたにも関わらず、小娘は顔を下げたままで、土下座の姿勢を崩さない。


 すでにいくつか骨も折れているだろうに、何を考えているのかサッパリ分からない。


「小娘に治癒術ちゆじゅつあつかえるか?」


「……【練磨れんま】による治癒は可能、です」


 戸惑いながらも答えてくる小娘にため息をついた。


「妾に治癒術は扱えぬ。このままでは忘れ形見が死ぬ可能性があるのがわからんのか?」


 その言葉に、小娘ははっとして顔を上げた。


「この場は獅子堂の顔を立てて退いてやる」


 小娘に背を向け、鬼はこの場を去ることにした。


「獅子堂の忘れ形見を、殺すでないぞ?」

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