第32話 馬鹿は死なぬと治らぬか4


 その刃先は鏡のように輝き、俺の無様ぶざまな表情を反射している。


 生まれてからずっと、包丁よりも刃先の長い刃物なんて持ったこともない。包丁だって家庭科の調理実習で野菜を切ったことがあるぐらいで、相手を傷つけるために振りかぶったことなど、俺は一度もなかった。


 俺は震える手で、ゆっくりと刀を拾った。


 実際の刀は想像していたよりも重く、それが鉄の棒であるのだと実感させられる。


 上手くやれる自信は、まるでなかった。


 でも、このまま何もしないなんて、もっと嫌だった。


「小娘よ、鬼を制御せいぎょできるなどと――」




東雲しののめを放せ!」




 東雲に向かって左腕を振りかざす鬼の背中に、俺は刀を突き出した。


 甲高い衝突音が響く。


 とてつもなく硬い皮膚に刀がはじかれ、その衝撃で指先が震える。


 まるで、コンクリートの壁に向かって斬りかかったみたいだと思う。


 俺の突き出した刀は鬼の背中に当たったが、刺さりはしなかった。


 しかし、予想外の攻撃に鬼は驚いたのだろう。


 鬼は反射的に東雲の頭から手を放していた。


 地面に倒れた東雲から振り返り、鬼が初めて俺を視界に入れる。


「……」


 鬼は赤い双眸そうぼうを細め、静かに俺を睨みつけてくる。


獅子堂ししどう君! 逃げてっ!!」


 東雲が倒れたまま、俺に向かって叫んでいる。


 だが、


「一人で逃げられる訳ないだろっ!?」


 俺は恐らく、自分にも言い聞かせていたんだと思う。


 そう思わなきゃ、こんな化け物を前に立っていることなどできる気がしない。


「そうか」


 俺達のやりとりを聞いて、鬼の表情が崩れた。


 鬼が、俺を見て笑っていた。


「小僧が獅子堂のわす形見がたみか! かえるの子はかえる。すなわち親が馬鹿なら子も馬鹿なのは自然の摂理というわけじゃ! まったく、こんな偶然があるとはのぅ?」


 鬼の饒舌じょうぜつに驚いたが、それよりも、


「お前も、親父を知ってるのか!?」


「知っておる」


 鬼が口をげて笑う。


「なぜなら、獅子堂は――わらわが殺したからじゃ」


 気付くと、俺は鬼に刀を振りかぶっていた。


 しかし、俺の刀は届かない。


 目にも止まらぬ速さで鬼の腕が上から落ちてきて、俺は地面に叩きつけられた、らしい。


 圧迫された胸から空気が吐き出され、体がきしむ音を聞いたが、そこまでだった。


 俺の意識は、そこでぷっつりと途切れた。

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