第31話 馬鹿は死なぬと治らぬか3


 しかし、それは俺の目が追い付かなかっただけだ。


 まるで早送りにした映像を見ているかのような、冗談じみた速度。


 鬼は一足飛いっそくとびで東雲しののめに襲い掛かっていた。


 鬼の風を切る音が、一瞬の間を置いて衝突音に上書きされる。


 俺が気付いた頃には、鬼の伸ばした腕を、東雲が刀で受け止めていた。


 しかし、それも一時的に過ぎない。


 鬼が間髪かんぱつ入れず、今度は空いた左腕を突き出す。


 東雲は避けるために飛び退くが、間に合わない。


 鬼に殴られた衝撃で東雲は吹き飛ばされ、背中を玄関に叩きつけられた。


 玄関の扉はその衝撃に耐えられず、東雲といっしょくたに廊下へと吹き飛んでしまう。


「小娘が!」


 鬼が、口を開いていた。


「わざわざわらわが来てやったのは、格の違いを教えるためじゃ」


 苛立っている様を隠そうともしない言葉。


 圧倒的なその力を目の当たりにして、俺は何も考えられない。


 鬼は、そんな俺のことなんて眼中になかった。


 鬼は俺の横を素通りし、ゆっくりと東雲の方へ歩いていく。


 窮屈きゅうくつそうに体を屈めて玄関を抜け、廊下に倒れこむ東雲の頭を右腕で掴んだ。


 鬼はそのまま東雲の身体を軽々と持ち上げ、視線の高さを東雲と合わせる。


「命乞いをしろ」


 身長差がありすぎて、頭を掴まれた東雲の身体は宙に浮いている。


 鬼は東雲の顔を覗き込んで続ける。


「考えを改めるのであれば、まだ許してやらんこともない」


「わ、私は、退かない」


 東雲は限界が近いのか、かすれた声で続ける。


「絶対に助けてみせる。瑠衣るいを助けるためなら……私は、何でもするわ」


「馬鹿は死なぬと治らぬか」


 鬼が左腕を握りしめた。


 すでに戦えるようには見えない東雲に、鬼が、とどめを刺そうとしている。


 東雲が、このままでは殺されてしまう。


 俺はその光景を見ながら、足が震え、無意識のうちに後ずさっていた。


 そんな俺の足先に、何かが当たる。


 俺が視線を向けると、そこには東雲の刀が落ちていた。

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