第30話 馬鹿は死なぬと治らぬか2


 背を向けた東雲しののめは答えてくれなかった。


 しかし、本物の霊媒師れいばいしなんていう人には、もう出会えないかもしれない。


 俺は東雲に合わせて立ち上がる。


 俺は東雲に伝えなければならない。


 ずっと、俺がやりたかったことを。


「俺にも、手伝わせてくれないか?」


 東雲は俺の方に振り返ってくれたが、迷わずかぶりをふった。


「それはダメよ」


「なんでだよ? 俺には幽霊が視えるんだから、何かできることが――」


獅子堂ししどう君は、優しすぎるわ」


 優しい?


 それは、悪いことなのか?


 頭に疑問を浮かべる俺に、東雲は薄くため息をつく。


「私たち霊媒師は、幽霊を救っているわけじゃない。悪霊や、悪霊になる可能性がある幽霊を退治しているだけ。獅子堂君は、優しすぎる人がどうなるのか、知っているはずよ?」


 東雲の言葉で、親父おやじの葬式を思い出した。


 親父の棺桶を前に泣いていた母さんの姿を、俺は忘れることができない。


「東雲は、俺の親父を知っているのか?」


 その言葉に、東雲は困ったように眉を寄せた。


「良くも悪くも、あの人は霊媒師協会では有名人だったから噂を聞いただけよ。獅子堂君はお父さんの影を追いすぎている。だって、その果てに、あの人は――ッ!?」


 その時、東雲が身をひるがえ抜刀ばっとうした。


 東雲が構えて刃先を向けたその先、リビングからベランダへ繋がるガラス戸の前に、いつのまにか――黒い塊がいた。


 蛍光灯に照らされているにも関わらず、その黒は光を吸収しているような漆黒しっこくで。


 そこには、黒い体毛に覆われた巨人がしゃがんでいた。


 顔に当たる部分に赤い二対の瞳を持ち、口からは牙が生え、額に三十センチほどの一本角を持っている。四肢を伸ばしていないから分からないが、その体躯は大人よりも一回りは大きそうに視えた。


「鬼が、なんでこんなところに?」


 東雲に鬼と呼ばれた化け物は、童話の絵本に描かれた姿とはかけ離れていた。


 イメージの中にあるコミカルで優しそうな要素は一切なく、そこにある威圧感は、凶暴な大型の動物が敵意を剥き出しにしているという感覚に近い。今まで気づかなかったのが嘘のような、目を離すことすら許されない危機感を、本能的に感じた。


 瞬間、鬼の姿が、消えた。

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