第25話 彼女が正しいわ1


「……この報告書、正しいのか?」


 俺の隣で調査書を覗き込んでいた彼女は、否定しなかった。


 はずきのうつむく顔を見て、確信する。


 俺は報告書を封筒に戻して立ち上がった。


 部屋の扉を抜けて玄関へ向かう。


「……何をする気なの?」


 玄関の前で、はずきが回り込んできた。


 幽霊であるはずきは壁をすり抜けられるから、こういう場所での移動は早い。


 俺ははずきから視線を足元へとらすが、手に力がこもるのを誤魔化ごまかせなかった。


「こんな奴ら、今すぐぶん殴ってきてやる」


「そんなことをしたら、明が捕まっちゃうわ!」


 もっと気の利いた冗談でも言って、はずきをだませれば、どれだけ良かっただろう。


 捕まることなんて気にならない。


 だって、はずきはコイツらに殺されちまったようなもんじゃねぇか。


「そんなの構わねぇよ! こんなことされて、俺は――」


「大丈夫だから! 私はもう、気にして、ないからっ!」


「そんなわけ、ないだろっ!?」


 俺の荒げた声に、はずきが申し訳なさそうに目を伏せる。


 なんでだよ。


 はずきは悪くないだろ。


「はずきは俺に知ってほしかったんじゃないのか? 未練が残ってるから、ここにいるんじゃねぇのか!? ……奴らが許せないから、ここにいるんじゃないのかよ?」


 はずきの直面した現実は、俺なんかには想像もつかないどん底だった。


 学校でいじめられるだけでも最悪なのに、それを助けるべき家族ですら、はずきを追い詰めていた。そんな板挟いたばさみの中で、身を投げたくなる気持ちだって、分かる気がした。


「……そこをどけ」


「行かせないわ」


 はずきの力強い視線に、少しだけ心が揺れた。


 しかし、


「幽霊じゃ、俺を止めることなんてできないぞ」


 はずきは、俺に助けを求めているはずだ。


 生きていた時どころか、死んでからも、ずっと誰かに助けを求めていたはずだ。


 この三年間、毎日、投身自殺して――それこそ死ぬほど痛いはずなのに、誰かに気づいて欲しくて、それをずっと続けていた。それがどれほど辛い日常なのか、俺には理解できない。


 だから、そんなはずきを助けられる可能性が少しでもあるのなら、俺は――


「私のために暴力なんて振るわないで。私はあきらに会えただけで――」




「彼女が正しいわ」


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