第22話 幽霊デビュー1


 505号室の鍵を借りて、俺たちは管理人室から出た。


 彼女はこのマンションの505号室に住んでいる。


 いや、彼女の家族はもう他の場所へと引っ越しており、今はただの空き部屋になっているから、正確には〝彼女が住んでいた部屋〟と言えるだろう。


「私の名前は、菅原すがわらはずきっていいます」


 エレベーターに乗って五階へのボタンを押すと、彼女が今更いまさらながら自己紹介してきた。


「上の名前は嫌いだから、獅子堂ししどう君には、はずきって呼んでほしいな」


 俺が彼女に視線を向けると、彼女――はずきはバツが悪そうに笑った。


 俺はそれに笑い返し、


「それなら、俺も自己紹介するぞ。俺は獅子堂ししどうあきらだ。はずきが下の名前で呼んでほしいなら、俺のことも下の名前で――明って、呼んでくれ」


 改めて口にしたその自己紹介は、とても恥ずかしかった。


 俺にはやっぱり、気の利いた台詞なんて似合わないのかもしれない。


 しかし、はずきは俺のことを見つめて、にこりと笑う。


「明さん――いや、明くん? 明……ふふふ」


 どこか楽しそうなその声に「なんだよ?」とぶっきらぼうに理由を聞いてみる。


「いやね、私たちの仲なら、もう呼び捨てでもいいよね? 明?」


「ああ」


 少し、恥ずかしい。


「よろしくな、その……はずき?」


「うん」


 俺のことを見上げてくるはずきは、とても可愛かった。


 しかし、その笑顔はしぼんでいって、はずきは真面目な表情を作る。


「私が最初に名乗らなかったのは、獅子堂君のことを純粋に信用していなかったからだけれど――仲良くなって、最近は失礼だなぁって思ってたの。でも、それは高校デビューとかと同じで、幽霊デビューした私の過去を、明に知ってほしくなかったからなの。生きていた頃の私を明に知られたら、私は明に嫌われてしまうかも知れないから」


「……嫌いになるわけ、ないだろ?」


 俺の言葉に、はずきはかぶりをふる。


「当初の私は知ってほしくて出てきたはずなのに、今では明と会えることが楽しみだった。過去の私を知られてしまうと、今よりも何かが進展するかもしれない。でも、そのせいで今の関係が壊れてしまうのなら――私は……私には、どうすることが正解なのか分からなかった」

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