第21話 据え膳食わぬは男の恥3


 彼女が霊障れいしょうを起こせることからも分かる通りに、彼女はそこに存在していて、物に触ることができる。生前せいぜんのような重さはすでにないけれど、柔らかい布団などに寝転んでもらうことは、幽霊が存在していると証明するのに効果的な方法だ。


「少し待ってくれ」


 新橋さんはそう言い、机の上にあるファイルをき回している。


 ややあって取り出した封筒を、俺に向けて差し出してきた。


 A4サイズの青い封筒の真ん中に、そのタイトルがマジックで殴り書きされている。


菅原すがわらはずきさん調査報告書』


 俺はそれを、とりあえず手に取った。


「これは?」


 新橋しんばしさんは頭をかいて、


「うちの会社がマンションの代理管理業だいりかんりぎょうなのは話したよね? そんな僕の給料には、事故物件手当ってのがあるんだ。その、そんな大した額じゃないんだけどね。そして、僕はこの手当を、いつもは供えるための花束に使うんだが、今回は本当に霊障れいしょうがすごくて――別の使い道をすることにしたんだ」


 俺が彼女をうかがうと、彼女はごまかす様に口笛を吹いていた。


 ただ、彼女は口笛を吹くのが苦手らしく、かすれて音が出ていない。


「僕は彼女のことを調べてもらうように、探偵事務所に依頼した」


 どくんと、胸が跳ねた。


 つまり、この封筒に書かれた名前は、


「三年前にこのマンションから投身自殺したのは菅原はずきさん。当時十七歳の女子高生で、遺書は残していなかった。僕が依頼する前の知識はこれぐらいだったけれど、それだけでは情報不足だと感じてね。どういう理由で彼女が身を投げたのか、僕は知りたかった。それが彼女をなぐさめることに必要だと思ったからだ。……でも、その後に獅子堂ししどう君が来てくれて、霊障は収まったから、もう不要な情報かも知れない」


 俺が隣の彼女をうかがうと、その顔はつまらなそうな仏頂面ぶっちょうづらになっていた。


 それなりに仲良くなったけれど、俺は初めて彼女の名前を知った。


 新橋さんは頭をかいて続ける。


「着手金とは別に成功報酬も支払う契約だったから、中身を見させてもらったよ」


 新橋さんは、困ったように眉を寄せている。


「……ここには、彼女の死因が書かれているんですね?」


 俺の言葉に、新橋さんはうなずく。


「あまり気分の良いモノじゃないから、それに目を通すかどうか、彼女と決めた方が良いかも知れない。僕が思うのは、この情報を僕が持っているよりも、獅子堂君が持っていた方が役に立つんじゃないかということだけだ。これをどうするかは君に任せるよ」

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