第20話 据え膳食わぬは男の恥2


 俺達の前に、用務員という言葉をそのまま擬人化したかのようなオッサンが立っている。


 彼は薄青色うすあおいろの作業着を着ていて、その胸元には〝新橋しんばし〟と名前が刺繍ししゅうされている。彼はそのまま新橋さんというが、下の名前は知らない。


 新橋さんはこのマンションの大家ではなく、管理会社に所属しているしがないオッサンだ。


 このマンションは女子高生の幽霊が出ると噂のあるいわくつきだったから、このマンションの担当になった新橋さんは、それはもう〝貧乏くじを引かされた〟となげいていたのを覚えている。


「今日は来るのが遅かったんだね?」


「すいません。その、今日も失敗しました」


 俺は最近、ここに通い詰めて、彼女が身を投げないように説得を続けている。


 ちなみに、まだ成果はあがっていない。


 やはり、幽霊が視えるだけの素人では難しいのだろうか。


「いやいや、それは別にいいんだ。それよりも、その――」


 新橋さんは俺に近づき、小声で続ける。


「さっきも一人で話してるようだったけど、もしかして、彼女がいるのかい?」


 新橋さんはキョロキョロと周りを見渡しているが、目の前に立つ彼女のことは、やはり視えていない。怖がらせる必要もないけれど、嘘をつく必要もないだろう。


「隣にいますよ?」


 俺の言葉に、新橋さんは緊張した顔つきになった。


 それを見て、彼女がニヤリと笑みを浮かべている。


 彼女はけっこう、というか、かなり悪戯いたずらが好きだ。


 俺がここに通うようになって一週間だが、それ以前はラップ音やポルターガイストを起こしまくり、彼女は新橋さんを困らせていたらしい。俺が彼女に〝管理人室には入るな〟と釘を刺したところ、新橋さんは恐ろしいほど喜んでくれた。


「僕には君の姿が視えないけれど、仲良くしてほしいな」


 新橋さんは彼女に向かって礼をしてくれた。


 これも俺の経験上の話だが、こうやって幽霊に真摯しんしな対応をしてくれる大人ってのは少ない。人にとって目で見る情報が八割を占めると聞いたことがあるし、やはり視えないモノに対して、普通の人は眉をひそめるか、恐怖し距離を取る。


 ……新橋さんは実際に霊体験をしていて、参っていたって理由もあるだろうけど。


「それで獅子堂ししどう君に――いや、君たち二人に、折り入って話がある」


「新橋さんから話なんて珍しいですね? 何の話です?」


「いや、その、ここじゃ話しづらいから、二人とも管理人室に来てくれるかい?」


「……私も行っていいの?」


 俺の横から彼女が口出しするが、その声は新橋さんには届いていない。


「あの、彼女も〝行っていいのか?〟って聞いてますよ?」


「ああ、構わない。これは大切な話で……その、彼女にも聞いてほしいんだ」


 申し訳なさそうな新橋さんの様子に疑問を抱きながら、俺たちは管理人室に向かった。


 管理人室はマンション一階の中央にある簡素な一人部屋で、畳敷きのその部屋には、仕事用の机や備品の並べられた棚と、一人用のベッドぐらいしかない。俺が靴を脱いで部屋に上がると、新橋さんはどこからか座布団を三つ持ってきて、そこに座るように促してきた。


 俺が座ると、その隣に彼女が座る。


 彼女の座った座布団を見て、新橋さんが「おおっ」と小さく驚く。


 なぜなら、誰もいないはずの座布団が凹んだからだ。

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