第5話 プロローグ5


「俺の弱点を教えてくれるんじゃなかったのか?」


 わずか数秒の戦いが、決した瞬間だった。


 無防備な獅子堂の胸を、鬼の左腕が貫いた。


 石畳が鮮血にまみれ、獅子堂の貫かれた胃から血液が逆流する。


「がはっ」


 獅子堂の口から血が溢れ、思わず吐き出した。


 その血が鬼の顔にかかった瞬間、鬼の歪んだ笑顔が、消えた。


「まさか……貴様の狙いは――」


 鬼が、その眼に涙を浮かべていた。


 そんな鬼を見て、獅子堂は笑う。


 ――やっと、目覚めたか。


 最後に一度ぐらい話したかったが、さきほど胸部の大部分を失った。


 獅子堂の喉はもう、吐息を漏らすことすらできない。


「ふざけるなっ!」


 敵対していたはずの鬼の鋭い眼光は、もうそこには無かった。


 黒く禍々まがまがしい体躯たいくを持ったままだったが、彼女は震える腕で獅子堂を抱きしめる。


わらわが鬼になってしまったら、妾を殺してくれると約束したじゃろうがっ!! なぜ死ぬ!? 妾はそんなことなど望んでいない! 妾は、獅子堂に殺されるのであれば本望だったんじゃぞ!? なのに、獅子堂は――妾のために、最初から死ぬ気だったのか!?」


 獅子堂は笑いながら、鬼に抱かれて逝った。


 


 生まれてしまえば厄災のように寿命の限り人々を襲い、その魂を喰らう鬼。


 そんな鬼の依代よりしろとなった人間の自我を目覚めさせ、獅子堂はそのごうを食い止めた。


 再現性に乏しいものの、これは数少ない鬼への対処法として残されることとなる。


 獅子堂ししどうまこと


 享年きょうねん四十二。


 夜風の涼しい夏の出来事であった。

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