第3話 プロローグ3


 夜中であるために寺を囲む木々は黒いひとつの塊の様に見える。


 しかし、その黒さを凌駕する本物の漆黒が、境内けいだいの真ん中にいた。


 それは、月明かりに照らされた鬼だった。


 一言で言えば、黒い体毛に覆われた裸の巨人。


 今はしゃがんでいるが、足を伸ばせば背丈は二メートルほどだろう。


 象徴的な一本角に加え、琥珀こはくのように輝く双眸そうぼうは殺気に満ちている。


 鬼の正体は、人の魂どころか、肉体そのものを媒体ばいたいにした妖だ。


 媒体が実物の人体であるが故に、この世に物理的に存在している鬼は、他の悪霊とは一線を画す化け物だ。その腕力に太刀打ちできる人間はいないし、三十センチはある鋭い爪と牙に捉えられたら即死はまぬがれない。


「待たせたな」


 鳥居をくぐり結界の中に踏み入ると、鬼が獅子堂に気づいた。


 鬼は牙を剥き、両手を地面について前傾姿勢を取る。


「かかってこい」


 獅子堂の言葉が終るよりも早く、鬼が筋肉質の四肢を使って飛び込んでくる。


 十メートルはあった両者の距離は瞬間的に消滅し、鬼の牙が獅子堂の首を捉えた――様に見えたが、鬼はその寸前で腕を石畳にめり込ませて急停止し、後ろに飛び退いた。


 その行動に反して、鬼は面白いモノを見つけたと言わんばかりに笑みを浮かべている。


「……何が可笑しい? ビビっちまったのか?」


 獅子堂は後ろ手に隠していた【鬼殺し】を正面に構える。


 先ほどまでは柄しかなかったその先に、白い刀身が現れていた。


 普通の霊刀であれば、実際の日本刀の先端に霊力の刃先を生み出して妖を斬るが【鬼殺し】はその発想が根本から異なる。霊力により刀身そのものを生み出すことで、鬼を断ち切れる刀――ということだが、霊力の消耗が激しい。


 間違いなく、長期戦には向かない刀だろう。


 鬼の笑みが大きくなる。


「貴様、構えるのが遅すぎるぞ」


 鬼が、喋っていた。


「……忠告ありがとよ」


「忠告? 違うな。貴様は俺と刺し違える気だった」


 わずかな動作だけで、獅子堂の意図を見透かされている。


「俺を確実に斬るために、自分をおとりに使いやがった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る