第7話

 異世界に来て二度目の朝を迎える。宙太は洗面するなり食堂へ向かった。

 朝はそれほど混んでおらず、悠々と席を取ることが出来た。カレーというメニューがあったのでそれを頼むとやはり元の世界のカレーそっくりな料理が出された。

 食事を済ませて部屋へ帰ってじっとしていると、ミイが入ってきた。


「じゃ、役所に行こう」


 宙太たちは朝早くから出発した。この世界の役所は24時間体制らしいのでこの時刻に出かけてもよかった。

 街は朝から活気づいている。道行く途中に商人に声をかけられたこともあった。

 20分ほど歩いただろうか。真っ白な外壁が鮮やかな役所にたどり着いた。

 入ってみると中は人だかりでごった返していた。


「えーっと、勇者様を紹介するには、うん、あそこだね」


 ミイは角のカウンターに連れて行く。そこはちょうど人もなく空きがあった。

 

「すみませーん」


 ミイが元気な呼びかけをすると、奥のほうから中年の男がやってきた。


「はいよ」


 男はちらりとミイを見、ぶっきらぼうにこう言った。


「あの、勇者様を連れてきました」


「は?」


 ぽかんとする男。何を言われたのか理解できないという顔をした。


「ですから、勇者様をお連れしました」


「お嬢ちゃん、大丈夫かい。何が勇者だって」


 男は恐らく至極真っ当な反応をした。いきなりやってきて勇者だうんぬんなど、誰も信じるわけなかった。

 それが分かったので猛はミイを止めた。


「こいつが勇者だなんて誰も信じねえよ」


「じゃあどうすれば」


 困り果てたという顔をしてミイは問うた。それに対して宙太が


「なにか証拠があればいいんじゃない」


 と言った。


「証拠ってお前なにかあるのかよ」


 宙太は返答にきゅうした。こうは言うもののどう証拠を出せばいいか分からなかった。


「ったく、使えねえな」


 猛が毒づいた直後だった。


「お前さんたち、勇者がどうのだって?」


 いきなり見知らぬ老婆が一行にそう声をかけてきた。髪の毛の縮(ちぢ)れが真っ先に目につく人であった。


「はい、そうですけど」


「この方が勇者様です」


 ミイから紹介されて照れる宙太だった。老婆はうなずくと宙太たちに


「あんたが本当に勇者ならこの街から東にある洞窟に眠る剣を引き抜くことができるだろうよ。それを持ってくればいい」


 と言った。


「剣なんかが証拠になるのかよ」


 猛はそう言って老婆を怪しそうな目で見た。しかし老婆は意に介することなく笑みを浮かべていた。


「東の洞窟にある伝説の剣のことはこの街の人間なら誰もが知ってるよ」


「伝説の剣!? すごい、これだよこれ!」


 ミイはひとりはしゃいでいる。これは次の目的地が決まったようなものだった。


「行こ!勇者様!」


「おいおい、そんな簡単に信じていいのか」


 猛は冷静だった。そんな彼に老婆は相変わらず微笑んでいる。


「信じるか信じないかもお前さんたち次第だよ」


 老婆はそう言い残し去っていった。


「んで、どうする」


「ほかにあてはないし、行ってみようよ」


 こうして宙太たちは街を出た。広い草原を目の前に東の方角へと進んで行く。途中、ふわふわと浮かぶ緑色で一つ目の球体がそこかしこに見えた。


「気をつけて。あれはフワンっていう魔物だよ。毒を持ってる」


 ミイの忠告を聞き、宙太と猛は身を引き締めた。猛は剣を、宙太は槍を無意識に構える。

 フワンの一匹がこちらに気付き向かってきた。


「私に任せて」


 ミイが前線に躍り出る。照準を敵に合わせ、一撃をお見舞いした。しかしそのことで他のフワンがその眼を向けた。


「おいおい、あいつら来るんじゃねえの」


 猛が不安げにつぶやく。毒を持っていると聞いてかなり警戒しているようだ。その時、フワンの一匹が縮小しその体から紫色のガスのような気体を周囲に飛散させた。


「あのガスを吸わないで!毒だよ!」


 ミイにこう言われ宙太と猛はすぐにガスから距離をとった。そして思わず息を止める。その隙(すき)にフワン3匹が接近してきた。

 

「1匹ずつ落ち着いて対処すれば大丈夫」


 こう声をかけてミイは迫っていた敵1匹を撃ち落とした。そんな彼女にフワンが集中し始める。多勢を対処していくミイだったが、ついに背後を取られた。


「危ない!」


 その魔物を宙太が突き刺した。


「ありがとう、勇者様」


 女の子からお礼を言われたことのなかった宙太は何て返事したらいいか分からなかった。


「おいお前ら、のん気にしてる場合じゃねえぞ」


 猛の言う通り、フワンが十数匹は集まっていた。この状況で毒ガスを一斉噴射されたら逃げ道はなさそうだった。


「逃げよう!」


 3人は駈け出した。幸い魔物の足は遅く、難なく巻くことができた。


「はぁ、はぁ、助かった」


 息を整えながら猛がつぶやく。辺りには魔物の陰もない。


「見て!」


 ミイが指差す方向を向くと灰色の岩肌にぽっかりと空洞が姿を現していた。


「これが東の洞窟じゃない?」


「かもね」


 そう言って宙太は穴の入口へ身を進ませた。中からひんやりとした風が感じられる。


「また魔物がいるんじゃねえの」


「とにかく進もう」


 宙太が先頭に立って洞窟に入っていった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者の天分 ~いじめられっ子、勇者になる~ マッコウクジラ @kai-sui6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ