第6話

「ごめんなさい……」


 立ち尽くす猛の背中を見てミイはそう言った。


「守るって言ったのに……」


「べつにあんたのせいじゃないよ」


 猛は振り返りこう声をかけた。自責の念に駆られているミイを慰めようとしていた。

 そこに宙太がようやく現れる。広がる崖、それに猛とミイの悲痛な面持ちを見て、宙太は何が起こったのか悟った。

 

「役立たず勇者が来たな」


 その言葉を吐き捨て猛は宙太の横をすり抜けもと来た道を歩き出した。ミイも何も言わずそれにならう。 


「ごめん」


 宙太はそうつぶやくしかなかった。


 

 深い森をようやく抜け、暗い表情の一行は左右に草原が広がる開けた道を歩いた。

 遠目に塔が見える。そこに街があるとミイは告げた。そしてさらにこう付け足す。

 

「今日はもう遅いから宿に泊まろう」


 気付けば日は傾き、空はだいだい色に染まっている。

 

「それで明日はどうすんの?」

 

 猛が問うた。


「役所に行って、勇者様が現れたのを報告かな」


「役所ねえ。行ったことねえや」


 猛とミイの会話に宙太はまじらなかった。ただ黙って二人の背中を眺めていた。

 

 完全に陽が落ちた頃に一行は街に着いた。四方を灰色の壁に囲まれている要塞ようさい都市だった。入口の門は閉ざされており、その前に槍を携え鎧を着た門番らしき男性が二人見えた。


「何者だ」


 近づいていくと門番の一人がこう言った。


「私はヘビーン村の者です」


 ミイはそう答えてふところから1枚のカードを取り出し門番に渡した。彼はそれを凝視する。そしてカードをミイに返した後、


「遠い所ご苦労だった」


 とねぎらいの言葉をかけた。 


「そっちの二人は?」


 もう一人の門番がそういた。宙太と猛は何て言ったらいいかわからず沈黙する。そこでミイが話す。


「彼らは遠客えんきゃくです」


「なに」


 門番たちは品定めするかのようにじっと宙太と猛を見つめた。


「明日役所に行って報告するつもりです」


「分かった、通るがいい」


 門が開かれる。三人はお礼を言ってすぐさまくぐっていった。

 

 街の中に入ってみると、辺りにはまだ人の往来があった。家屋、ビルなどから漏れる灯りやそこらかしこにある街灯は夜の闇をまばゆく照らしている。宙太たちの世界でいう繁華街に似ていた。

 宙太の抱いた感想は、この異世界も文明レベルは同じか、あるいは魔法がある分上かもしれないということだ。

 

「この道の奥に宿屋があるよ」


 ミイに案内にされて宿に着いた。入ってみると、ロビーは木の香りが強かった。置かれているソファーには談笑している人々が見える。


「じゃあお金払ってくるね」


「あ、僕も行っていい?」


 宙太はこの世界の通貨がどんなものか興味があった。


「勇者様も?うん、構わないけど」


 猛は待っていると言うので二人は連れ立ってフロントへ行った。


「一人100ドラクマだよ」


 帳場に立っていた壮年の女性はそう言った。どうやらドラクマというのがこの世界の通貨単位らしかった。

 ミイはそれを聞くと今朝やったように右手を前に突き出しカウンターの上に光の円を映した。そしてその中から3枚の紙幣が現れる。


「あいよ」


 何のためらいもなく目の前に現れた紙幣をつかみ、枚数を確認すると女性は後ろの棚から三つのかぎを取り出しミイに渡した。


「じゃあ二人に渡すね」


 ミイが鍵を宙太と猛に手渡す。鍵にはタグがついており、そこには数字が書いてある。それは泊まる部屋の番号だった。


「一人一部屋とは豪勢だな」


 そう言って猛は鍵をくるくる回し始めた。


「そのぶん値は張るけどね」


「あ、じゃあお金払うよ」


 宙太は自分のポケットに入っている財布に手を伸ばしたが、すぐにその手を引っ込めた。この世界で1000円札や10000円札が使えるはずはない。


「あはは、いいよ、勇者様とタケシさんはこの世界のお金持ってないでしょ」


 ミイにはそれが分かっていた。二人はミイに礼を言うと、それぞれの部屋へ向かって足を踏み出した。

 数字はこの世界でも同じだった。宙太は306と書かれてあるタグを頼りに部屋番を探す。ほどなくしてそれは見つかった。

 隣の305号室はミイ、307号は猛の部屋だった。


「じゃ明日、また迎えに行くね。夕食は1階の食堂で好きなの食べれるよ」


 そう言ってミイは自室に入っていった。宙太たちは何も言うことなく同じように部屋に入る。

 部屋にはベッドが一つと、机とイスが置かれていた。部屋を見回ると浴室とトイレが一緒の空間があった。この世界でも風呂やトイレは同じ物を使用するらしく安堵する。

 宙太はまず空腹をしずめるために食堂へと向かった。

 食堂はごった返していた。座る席はないかと探すとすでに座って何かを食べている猛を発見した。しかし宙太は避けるように彼と別のテーブルに腰を下ろした。

 上着を一枚脱いでテーブルに置くことで自席を確保した宙太は食堂の販売口に行く。メニューを見てみると何と元の世界と同じ名前の料理が書かれていた。

 宙太はその中でラーメンを選択する。果たして同様の料理だろうか。しばし待って出てきたのは、温かい茶色のスープに黄色いめんを入れた、まぎれもなくあのラーメンである。

 味を確かめる。元の世界と寸分違すんぶんたがわずのおいしさだった。


 夕食から帰り、お風呂に入り、宙太は何をするでもなくベッドに寝ころんだ。噛まれた左腕が湯に当たった時は苦痛だったが、それ以外は申し分ない待遇だった。

 昨日から今日までの出来事を思い返してみる。まさか魔法のある世界に自分が行けるとは夢にも思ってなかった。

 しかも自分は勇者である。このことは何度宙太の心をとらえたことだろう。もしかしたら自分はこの世界を救うために生まれてきたのかもしれない、そうまで考え始めた。

 しかしそれならなぜどこかの国の町中でなくあんな辺鄙へんぴな森の中に召喚されたのか。それが宙太には不思議だった。しかも自分をいじめていた男子たちとともに。

 その一人である辰彦はどうなっただろうか。あの高さから落ちたのならやはり死んでしまったかもしれない。自分をいじめていた男だが、いざ同級生が亡くなったとなるとやるせない気持ちになった。


 宙太が物思いにふけっていた途端、部屋のドアがコンコンとノックされた。開けてみるとミイが立っていた。


「あの、勇者様、少しお話しいい?」


「あ、うん」


 部屋に入るなりミイは机のあるイスに座った。宙太は自然とベッドの上に腰かける。

 思えばミイは異世界に来て初めて出会った人間だった。それが見ず知らずの男たちのために世話をしてくれた挙句あげく自分の住む村から遠く離れた地にまでついて来てくれた。

 そのことは感謝してもし切れないほどだ。宙太はそれを伝えた。


「ううん、全然気にしないで。勇者様のお供なんて光栄だよ」


「あのさ、その勇者様、なんだけど、やめない?」


「え?」


「いやその、普通に呼んでほしいなって」


「でも勇者様は勇者だし」


「でも勇者だからって偉くはないんだし」


「いいえ、勇者様は偉いの!」


 目を輝かせながらそう言うミイに宙太はたじろいだ。


「私、子どもの頃から聞かされていた。いつか現れる勇者様はこの世界を魔族の手から救う英雄だって」


 宙太は頬が熱くなる。そんな大した存在じゃないと言ってしまいたかった。


「そんな人が私の目の前に現れたんだよ。こんなに嬉しいことないよ」


 そう言い切るミイに対し宙太は言葉が見つからなかった。彼女の期待を裏切るのが怖いと思った。宙太は痛む左腕を意識する。あんな雑魚モンスター相手に怪我けがをしたと言ったら何て顔を浮かべるだろう。

 

「それでね、お話って言うのは」


 ミイはそう区切り一息つく。宙太は何の話が来るのか分からず緊張が走った。


「私を勇者様の仲間にして」


 宙太は意味が分からなかった。


「あ、ごめん、順に説明するね」


 それを察したミイはこう言った。


「明日の朝、役所に行くでしょ。そうしたらね、たぶん勇者様はハンターに任命されると思うの」


「ハンター?」


「魔物から人類を守る人たち、それがハンターだよ」


 宙太は異世界での役割が何となく分かった気がした。自分はハンターとなり、魔族を滅ぼすのだ。


「それでね、勇者様の仲間になれば私もハンターになれる気がするんだ。私、ハンターになるのが夢だったの」


 宙太は昨夜の食事時を思い出す。村長からミイのことを聞いていたのだ。

 彼女は幼い頃に両親を魔物の襲撃によって失っていた。あれも不憫ふびんな子です、そう村長は言った。

  

「仲間かどうかは分からないけど、僕からも頼んでみるよ」


「ありがとう、勇者様」


 こう言ってミイは自分の部屋に帰っていった。こんなにも親切にしてもらったのだから助けになりたい、そう宙太は思った。


 いつしか夜もけていき、宙太はベッドで安らかな眠りについた。

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