第5話

 朝の陽ざしがカーテン越しに伝わってくる。宙太たちはその明かりによって起床した。まるで修学旅行の朝のようである。

 その矢先扉がノックされる。返事をすると村長が入って来た。


「おはようございます。朝食の用意もできましたのでぜひ」


 昨夜と同じく食堂へ案内された。テーブルにはパンとスープ、白い液体の入ったコップが置かれている。液体は飲んでみたらミルクだった。

 

「さて勇者様、もうすぐ出発の時間ですが」


 食べ終えた村長がこう切り出した。宙太はミルクを飲もうとした手を止め、耳を傾けた。


「国に行ったら、ぜひともこの村ヘビーンのことを一言つけてください。勇者様を紹介したとして報償が出るかもしれませんので」


 分かりました、と宙太は答えた。やたらと親切なのはこういうことか、と勘繰った。しかしそれでも良くしてくれたことにはかわりないので感謝の念は忘れなかった。

 時刻は8時を回った。その瞬間玄関の扉が開く。ミイは時間通りにやってきた。


「おはようございます」


 宙太たちも挨拶を返す。


「そうだ、さっそく皆さんにも渡しておきますね」


 ミイはそう言って両のてのひらを床に向かって前に突き出した。すると床のある一点が白く発光し、それが徐々に広がっていき、最終的には半径1メートルほどの円になった。

 そして光る円の中から2本のショートソードと1本のショートスピアが現れた。


「いざという時のために武器を保存しておいてよかった。さ、お取りください」


「い、いまのどうやったの!?」


「なんで何もなかったところから剣が!?」


 猛と辰彦は呆気に取られてそう叫んだ。彼らはいまだ魔法というものが信じられなかった。


「えっと、いまのは空間魔法です。自分の持ち物に魔法をほどこして転送にも保存にも使えます。ほとんどの人が習得している魔法ですよ」


 魔法を使う人間がいる、その現状を二人は受け入れざるを得なかった。


「保存ってどこにしておくんです?」


 宙太はミイにこう尋ねた。


「神によって造られた魔空間、と空間魔法を研究している学者は言っています」


 自分の持ち物が別の空間に保管されていると考えると、一体この世にはどのくらい異世界があるのだろう。そう宙太は考えた。


「剣なんて使ったことねえよ」


「うわ、重」


 猛と辰彦がショートソードを取ったので宙太はやりを手にする。もちろん彼も使ったことはない。


「道中魔物が出てこないという保障はありません。自衛のための武器は必須です」


 そう言ってミイはまだ残っていた円から大きめの銃を現した。


「ちょ、自分だけ銃ってずるくない!?」


 猛がそんな抗議をする。ミイは少し困った顔をして、


「私、これしか使えないんです」


 と言う。さすがに女の子相手にこれ以上強く出られない猛は引き下がるしかなかった。


「その代わり、タケシさんとタツヒコさんは私がフォローし守ります」


 自分は、と思わず言いそうになった宙太を見てミイは言った。


「勇者様はおひとりでも大丈夫ですよね」


 宙太は何も言うことができなかった。はっきりと否定したかったが、相手の期待を裏切ることが怖かったのだ。


「では、行ってきます」


「気をつけてな」


 村長に見送られて四人は村を後にした。

 朝の陽ざしに照らされて、陽春のような温い風を浴びながら森を進んで行った。


「こういう森は魔物の領域みたいなものです。いつ襲撃を受けるか分かりませんので注意してください」


 そう聞くと生い茂る葉がこすれ合う音も魔物の足音に思えてくる。宙太は全神経を集中させた。

  

「魔物ねえ」


 それとは対照的に緊張感がない猛だった。この旅路も軽い遠出程度にしか感じていなかった。


「なあなあ、ミイちゃんって彼氏いるの?」


 そう訊いたのは辰彦だった。何てことを訊くんだ、と宙太は思わずにはいられなかった。


「いえ、いませんけど」


「へえ。てかさ、もう敬語やめない?」


「え……」


「俺らもう友達じゃん。なあ猛」


「ああ」


 そう言って猛はにやりと笑った。ミイもそれに応えて愛想笑いをする。


「でも勇者様がいますし」


 ミイは遠慮深げに宙太を見やった。


「あいつなんかいいのいいの。さ、ほら」


 辰彦はそう強要する。こうされてはミイも従うしかないようだった。


「分かりまし……じゃなくて、うん、了解」


「あはは、そうそう、そのほうが絶対いいって」


「じゃあ勇者様にだけは敬語で」


「なし、それもなし!」


「あのう……」


 再度宙太を見やったミイに、宙太は


「うん、なしで」


 と声をかけた。その瞬間、宙太は猛に後頭部を叩(はた)かれた。


「偉そうにしてんじゃねえ」


 反射的に謝る宙太だった。勇者と言われても素の性格はそうそう変わるものでなく、気弱な彼は謝罪癖が抜けてなかった。


 警戒しながら森をぐんぐん進んで行く一行。しかし未だ歩く道は両側に木々がえそろっている。

 

「で、街までどれくらいなの」


 と猛。それに答えてミイは


「この森を抜ければすぐだよ」


 と言った。だがその森が中々深く、一向に開けた景色は現れなかった。

 その時である。左前方の茂みの中から突然なにかが次々と飛び出してきた。見てみるとそれは宙太たちがこの世界に来て最初に襲われた、赤目で四足歩行の魔物だった。それが5匹もいる。


「来た!みんな準備!」


 銃を突き出したミイがそう言うと猛は怯えながらも剣を構えた。それにならう辰彦。そして宙太もマンガの見よう見まねで槍の切っ先を魔物に向けた。

 赤目の1匹が一番前線にいたミイに向かって飛び掛かっていく。

 それを瞬時に撃ち落とした。魔物は炎の球をくらい悶絶して横たわった。ミイの属性は火。銃を媒介にして火の玉を繰り出すスピードショットが彼女の護身術だった。

 赤目の怪物は四散してそれぞれ狙いをつけた獲物に迫っていった。


「うわあああ!」


 辰彦が悲鳴に近い声を上げながら剣を左右に振っている。闇雲なのは明らかで、とても攻撃とは呼べなかった。


「落ち着いて!」


 ミイがすかさずフォローに回る。辰彦に迫る魔物の背後を撃った。瞬間、魔物はピクリとも動かなくなる。

 そしてその間、猛は魔物を的確に切りつけていた。もともと運動神経の良い彼だったので、剣も難なく操っていた。

 一方、宙太は魔物に苦戦していた。槍が当たらないわけではなかったが、相手に致命傷を与えることができずにいた。

 

 遠くで遠吠えが聴こえた。それを認識した宙太たちと魔物の増援がやって来たのは同じタイミングだった。

 全部で8匹の応援があり、それらはすべて辰彦へと向かう。一人を大勢で狩る戦法を示し合わせているようだった。


「く、くるなああ!」


 これによって辰彦は完全に平静を失った。彼は攻撃も忘れ森へ向かって懸命に走り出す。その左脚に魔物の一匹が容赦なくみついた。


「ぎゃああああ!」


 あまりの激痛に叫ばずにはいられなかった。急ぎミイは駆け寄り辰彦を噛んでいる魔物を撃ち殺した。


「血が……血が…」


 ズボンはかれ、自分の脚から血が流れているのを見て辰彦はそうもらす。しかし彼にはのん気にしている暇はなかった。第二、第三の刺客が襲いかかろうとしている。

 痛む脚を我慢しながら辰彦は再び森の奥へと逃げ出す。


「ダメ!離れないで!」


 ミイがそう警告するが辰彦は聞く耳を持たず走り去っていく。仕方なしにミイは後を追いつつ、敵を狙撃した。


「タツ!」


 友人のピンチに駆け寄ろうとした猛だったが、彼の前にも四足歩行の魔物は立ちはだかる。

 その頃宙太は一人、一匹の怪物と対峙していた。大分傷をつけたつもりだが、魔物は倒れる気配もない。徐々じょじょに疲労だけが溜まっていた。

 もう一度槍を突く。それは見事にかわされ、魔物の接近を許してしまう。そしてそのまま柄を握っていた左腕を噛みつかれた。

 宙太は声にならぬ苦痛を味わう。腕を激しく揺らしても噛みつかれ続ける。このままでは千切ちぎられてしまいそうだった。

 右腕を使い引き離そうとしても放してはくれない。痛みも限界だった。

 その時、宙太は右手にぬくもりを感じた。手がわずかに発光している。そして次の瞬間、手のひらから激流の水柱が出たのだった。それが魔物の脳天をつらぬいた。

 魔物が死んだことによって解放された宙太は腕の傷口を見る。血は吹き出ているものの致命傷ではないようだった。

 傷から目を離し辺りを見渡す。敵も味方もいなかった。彼らはみな森の奥へと行っていた。そこで宙太も後を追いかける。


 辰彦は未だ追われていた。後ろではミイが何匹かを撃ってくれてはいるが全部というわけにはいかず残党が彼に食らいつかんとしていた。


「うわ!」


 ここで辰彦が足を止める。森が開け目の前にはがけが広がっていたのだ。振り返ってみるとすでに魔物はいつでも襲いかかれる距離にいた。


「ま、待て……」


 こう言い終わる前に一匹の魔物が崖にもひるむことなく飛びかかる。そしてそのまま辰彦と一緒に落ちていった。


「うわあああ!」


 絶叫しながら崖から墜落していく辰彦。下の木々が粒みたいに見えるほど高い所からの落下だった。


「タツ!」


 魔物をかき分け崖に近寄る猛だったが、その伸ばした手が友をつかむことはなかった。名前を呼びながら、ただ落ちていく姿を呆然と見つめるしかなかった。

 そんな猛の背後に怪物が襲いかかろうとしている。しかしそれは追いついたミイによって全員駆逐くちくされた。

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