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或海穂入

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私は焦っている。とにかく焦っている。

"何者"かにならなければ、生きている実感が分からない。

そんな強迫観念に背中を押され、今日も何とか生き延びる。

人生の残り時間は、刻一刻と減り続けているにも関わらず、

それでも私は何者にもなれていない。


 私と千明は高校生最後の夏休みを利用し、憧れだった東京に初めて遊びに来た。東京に来てみれば、私達の何か知らない扉が開いて、世界が広くなるかもしれない。井の中の蛙だと自覚したくて、新幹線に乗り2時間程度。夜には帰らなくてはならないが。思ったより近いことに拍子抜けしつつ、この半日を満喫したいと考えている。


「でっかいね~、これから何する?」

と千明がお上りさん丸出しの事を言う。恥ずかしい。

「やめてよね。私達はさ、今を生きる女子高生だよ。インスタグラムだよ。インスタ映えだよ。タピオカ行くよ」

「朱里インスタやってないじゃん」

「何かSNSは性に合わなくてさ」

 何者でもない私が何かを発信したところで、誰かに届くはずがない。今はSNSにYouTubeなんかの自分の中身を切り売りして、認められることの出来る時代だ。だけど私はその切り売り出来る中身を持っていない。人一倍承認欲求に飢えているクセに、人一倍出来る事の少ない私。生きているだけで勝手に劣等感を感じて、諦めているクセに傷ついたフリをする私。もううんざりだ。


「じゃあさ、とりあえず回ってみようよ」

 

 そうして渋谷に原宿に新宿に。歩けるだけ歩いても特に琴線に触れるものは得られず。いや琴線に触れすぎて、触れていないフリをしているだけか。私のただの見方のせいであろうが、私以外の人間は輝いて見える。そこらの店員に挨拶されただけで「毎日毎日元気よく、私には無理だな」と無駄に凹んでしまう。

 自己評価の上げ方を誰か教えてよ。センスも才能も、特技も独創性ない。こんな私をどうやったら受け入れられるの?方法だけは分かってる。何者かになることだ。私にしか出来ない事を見つけることだ。他の誰にも負けないことを見つけることだ。あなたじゃなきゃダメと言われることだ。それできっと私は救われるだろう。何者にもなれない、なんて事を言うと、結局あなた以外にはなれないと言ってくる人がいる。それって、どれだけ絶望だと思う?


「もう15時か。そろそろ帰らなきゃだね」

千明は名残惜しそうに呟く。

 千明は私の親友、だと私はそう思っている。私なんかには出来すぎたくらいで、私の東京へ行きたいという急な提案にも「私も行ってみたかったんだ~」と承諾してくれた。そんな千明だから友達も多いし彼氏もいる。今の彼氏は3人目の彼氏だという。私も彼氏を作れば何者にかになれるかもと思っていた時期もあった。「お前が好きだ」と言われれば救われるかもしれないと思っていたけど、それは違った。

 高校生の時点での好き、嫌いの恋愛なんて何にもならない。「私を好きだ」言ってくれた同じクラスのあいつは、今は別のクラスメイトと付き合っている。好きって気持ちは何なんだろう。好きって気持ちって唯一無二じゃないの?そんなとっかえひっかえ出来るようなものなの?あの時「私を好きだ」って言ってくれた言葉は嘘なの?その時だけだったの?

 私がこれから生きていく中で、もしかしたら何人も「私を好きだ」って言われることもあるかもしれない。でもその一人一人に「うん、好きだよ」と返している私を幻視するだけで吐き気がする。私はそんなに器用じゃない。誰も彼もに愛を伝えたくない。私だけをただ「好きだ」と言ってくれる人にだけだ。そうしたら私は救われるのだろう。私はこの人に好きになって貰えるだけはある。この人の人生に私が必要なんだ。そう思えるから。




帰りの新幹線に乗るために東京駅に着いた。

「じゃあ私帰りの新幹線のチケット買ってくるから」

と千明はその場からいなくなった。

 

 手持無沙汰になった私は、その場にしゃがみ込み、休日ということもあり多くの人が行き交うコンコースを眺める。多分、そこを歩くスーツを着たサラリーマンにも、チャラけた大学生にも、私よりも小さな中学生ぐらいに子にも、何やってるんだが分からないような人にも、私みたいな、それより大きな悩みなんて尽きないのだろう。でも皆それを隠して平然そうに生きている。それが信じられなくもあり、信じたくもあった。端から見たら私はどう見えているのだろう。こんなやつの事だ。迷子に見えているのだろうか。


「あっ、見つけた朱里。しゃがんでるから見えなかったよ」

「遅いよ。千明。新幹線の時間大丈夫?」

「それは大丈夫だよ。もし乗り遅れても、ここは大都会東京。田舎行きとは言え、夜まではあるよ」


時間を確認すると、帰りの新幹線まで20分程度だった。

「ん~もう少しだし、ホームに降りてる?」

「そうだね」


「今日はありがとね、朱里。私一人じゃ東京なんて来なかったよ」

「そう?それなら良かった。こちらこそ付き合わせたのに、マトモな予定が無くてごめんね」

「ううん、いいんだ。私さ、朱里のこと尊敬しているんだ」

青天の霹靂!その言葉を聞いて私は動揺してしまった。そんなこと言われたの初めてだったから。

「え~なんで~私なんてさ。どうしようもないやつだよ」

「こうやってさ、行動力があるし、私をいつも引っ張ってくれるから。だから私ずっと朱里とこうやってたいな」

「もっと褒めてよ~」

‥‥なんて単純な私。頬が緩んでしまう。千明を愛しく思ってしまう。ちょろすぎないか。こんなことを言われただけで心が軽くなってしまう。






 私は世界の中で迷子になっている。どこに辿り着けば良いのか。進んでいる道は合っているのか。どうやったら"何者"になれるのか。何にも分からない。これからも変わらずただ目を伏せ、耳を塞ぎ、口を閉ざして、漠然としたモノに焦燥感と強迫観念を駆り立てられ、それでも何も出来ずに可能性と時間を浪費していくだろう。

 だけど、私を見つけてくれる人がいる。そう思うと、この様々な人々が集まって慌ただしく行き交う世界でも、自分のいていい場所が少し見えた気がした。

 







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