第5話
「しゃあっ!」
全力、全霊、乾坤一擲(意味? 知らん)、勝利のガッツポーズ。
いやもう確信したね。運命の女神はあたしに微笑んでる。鋼音ちゃんの初恋を応援してくれている。というのも、
みんなの昼食・カレー作りの選抜メンバーが、あたしと霞美ペアに決定したのだ!
グーとパーで別れたんだぜ⁉ グー出したのあたしたちだけだぜ⁉ 学年に四十人近くいる中で、あたしたち二人だけだぜっ⁉ 霞美は己の握りこぶしを末代まで祟る呪いのアイテムみたく睨みつけているけども‼
ところで、別の活動へ移動する同級生の中から「水野さんの相手できるのは白隈さんだけだもんな……」とか聞こえてきたがどういう意味だコラ。逆じゃねぇのかコラ。「あの二人、ぜったいグー出すと思った」「白隈さんも意外と分かりやすいよね……」ってなんだコラ、あたしと霞美は似た者同士ってことか本当にありがとう。
てなわけで、屋根付きの屋外調理場で目の前にしてるのは、
マッチと木の枝。
薪と竹筒と新聞紙。
「どうしろと」
「火を起こすんだよ。料理すんだから」
「マッチで……? 炭とライターですらなく、薪とマッチで……? と言いますか、これがマッチ……?」
殺し屋みたいなヤバい目つきでマッチを検分する霞美お嬢様。この分じゃ、マッチ自体初めて見るらしいな。
ふふふ、予想通りの反応だよ。波音の。
「貸してみ?」
箱から一本取り出して、擦って火をつけてみせる。霞美は、おお、みたいな顔になる。ミリ単位の変化だけど、このあたしには伝わる。
……快感だな!
野外活動で好きな子から注目浴びるって中毒性あるなこれ!
「しかも、マッチ擦っただけでこの効果! 確実に落とせるなこりゃ!」
「誰が何処に落ちるんですか」
ぎゅおう。
膨れ上がる殺気と共に、霞美の正拳突きが迫る。やっべぇ声に出てた油断してた。けれど、
びたっ。
攻撃はおへその手前で止まり、ジャージの裾がごふうとたなびいた。拳圧て。
しかしこれも計算通りだ! 波音の!
「頭の良い霞美なら、分かってくれると思ってたよ……!」
「まさか……!」
「ふふふ……、そう! ここであたしを再起不能にすれば、火は起こせなくなる! カレーを作れる人員がいなくなる! みんなに迷惑がかかる! つまり霞美、あんたの攻撃は封じられたんだよ!」
「いちいち鬱陶しい物言いですね……」
「さ、殺気にも慣れちゃったもんねーだ! 今はあたしと仲良く共同作業するしかないんだもーん!」
「くっ……。キャンプが終わったら覚えていてください……?」
ヤバい、このチャンスで仲良くならないとマジで殺られるかも。一世一代の大勝負だぜ!
*
共同作業の始まりだ。
あたしが火起こしで、霞美が野菜を切る係。横目で見守ってるけど、たどたどしくもちゃんと切っている。お嬢様だから、てっきり包丁の扱いも知らなかったりするのかと思ったよ。
あたしは新聞紙をねじったり、薪を削ったり組み合わせたりしながら、小さな種火作りに勤しむ。どうせなら、霞美にもっと見ててほしいんだけどな。
薪に火が移ったら、細い竹を切った筒で、ちろちろやってる炎に息を送ってあげる。ふーっ。育て育て。
「ねえ霞美」
「なんですか」
ふーっ。
「コンビニがないからド田舎に来たってほんと?」
「ええ」
ふーっ。
「嫌いなの? コンビニ」
「ええ」
ふーっ。
「なんで?」
「思い出すので」
「なにを?」
あれ?
「……あなたには関係ありません」
なんか今、間があった? ふーっ。
「だいたい、どうして昼食がカレーなんですか。カレーはみなさんでキャンプファイヤーを囲みながら夕食に食べるものだと相場が決まっているでしょう」
「カレーは手間かからないから、毎年少人数で作るんだって。夜はBBQやるらしいよ」
「そういうものですか」
「キャンプファイヤーはしないけど」
「チッ」
「舌打ち⁉」
けっこういいとこのお嬢様、って話だったけど……。なんだ、意外と庶民的ってか、定番は押さえてるんだな。テレビとかで観たのかな。
っていうか霞美、もしかしてさ。
「キャンプ、けっこう楽しみにしてた?」
ぎゅん。
「照れ屋さんなんだからっ」
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅん。
「やめてやめて殺気を垂れ流すのはやめて火が消えちゃうあと包丁は置いとこうか?」
*
その後の自然体験も、霞美はそこそこ楽しんでるみたいだった。
昼食後の魚釣りでは生餌のイトミミズを見て青ざめたり、からかうあたしへ殺意を飛ばしつつも晩御飯のために堪えたりしてて、その表情の変化が新鮮で、心から幸せだった。夏だったら泳げたのにな。ちなみに何故かヤマメがぷかぷか浮いて気絶してて、え、マジか。小動物だとこうなるのか。
夕食はお待ちかねのBBQだけど、あたしは断腸の思いでドロップアウト。いつもなら食べる専門だけど、裏方に徹して働いた。どうしてってそりゃあ、好きな女の子のためにね。ヤマメを美味しく食べるには網じゃなくって囲炉裏がいいし、作れる生徒はあたしっきゃいないから。
完成したら波音に任せて、更なるイベントへ下拵え。あっちへこっちへ走り回って、こんなに頑張ったのは高校生活初だな。喜んでくれるといいな。
準備が出来たら、
「霞美ー!」
一番小さな影がこちらを向くのを確かめて、点火!
井桁に組んだ薪の中から、熱の塊が夜空へ伸びる。みんなの歓声と一緒に。霞美の隣に走って、仕上がりをチェック。
あたしたちの視線の先で、火の粉をぱちぱち跳ね上げながら火勢を広げているのは、そう、鋼音ちゃん特製キャンプファイヤーだぜ。
「やらないって……」
「ん。引率の先生にかけあってみた。薪があれば簡単だからさ。灯油も、施設の人に聞いたら古いのが残ってたし」
「……私のために?」
「ん」
へへへ、なんて照れ笑い。
「鋼音ちゃんからの、初めてのプレゼント」
霞美はしばらくあたしを見上げて、疲れたのか元に戻した。炎の音と光を受ける横顔に見とれる。喜んでくれたかな。
さて、残ってる肉を探しに行くか、さっそくマイムマイムを踊り始めたみんなの輪に入ろうかと悩んでいると、「これ」と霞美が手を伸ばしてきた。
ヤマメの串焼き。
「あまり食べてないでしょう」
「……ありがと! いただきます!」
これってもしかして、あたしのために取っておいてくれた……、ってのは、期待しすぎかな。でも、霞美からの初めてのプレゼントだから。
大切に、味わって食べるよ。
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