第3話


 それからというもの、ことあるごとに猛アタックを開始したのだが。


「霞美、一緒にお弁当たべよう!」

「話しかけないでください」


 ぎゅん。

 彼女の赤い瞳が収縮し、獣のそれに変わる。落ち着け心臓。落ち着けクラスのみんな。風は吹いてないぞ窓ガラス。


「はっきり伝えたはずです。私はあなたの顔を見たくない」

「でもっ、あたしの『大好き』には敵わねぇな!」

「鬱陶しい」

「ごふぇっ⁉」




「霞美、勉強分かんないとこない⁉ 教えてあげよっか⁉」


 ぎゅん。


「あからさまに知能が低そうな貴女から教わることは人間が持つ可能性の善悪についてのみです」


 殺気と一緒に、言葉の刃も飛んできた。よく分かんないけどきっと罵倒されてるよ、色んな武器を持ってるよこの子。

 でもね、そんなトコも魅力なんだよ! それが恋なんだよ!


「霞美は難しい言葉しってるねぇ~。こんなに小さいのにえらいね~」

「無駄に背が高いせいで脳の血流が悪い貴女より万倍ましです。それと同級生です」

「よしよし~」

「邪魔」

「がはっ⁉」




「いくらアタックしてもなびかない……!」

「アタックされてるのはねーちゃんの方だよ……」


 あたしにバンソーコーを貼るのは、昔から波音の役目だ。

 こいつはテニス部なんてモテそうな部活始めたから朝も帰りも別々なんだけど、優しさは健在だね。


「殴られるのは一日三発くらいにしといたら? 身体もたなくない?」

「それじゃ一日二回までしか霞美とお話できないじゃん!」

「一ターンで二発ってパターンもあるんだね……」

「わりと頻繁にね!」




 朝はさ、おんなじ駅から登校してさ。


「この青駅にはたまーにね、鉄道会社のマスコット「ちくまろくん」がやって来るんだよ! 年に一度会えるか会えないかなんだよ⁉」

「中の人の本業がお忙しいんでしょう」

「中の人とかいないよ! ちくまろくんは筑豊のアイドルなんだから!」

「そうですか」

「ふふん、実は私もねぇ、一回だけ着ぐるみ着たことがあってねぇ」

「論理という単語を覚えましょうか」

「めはっ」



 放課後もさ、仲良く一緒に下校してさ。


「ねえ、霞美の家ってどの辺にあるの? やっぱり大きいの?」

「絶対に教えません」

「私ん家はね、古き良き感じの日本家屋でねぇ!」

「知らないし興味が無いから聞いたとしても即座に忘却するので黙っていてください」

「おえふっ」




「波音~、霞美ちゃんがイジワルするぅ~」

「真実はいつも一つだけど現実は人それぞれだよね」


 そんなこんなこんなでやってきたから、高校生活が始まって一週間後にはもう、霞美に手を出そうなんて男はいなくなっていた。ライバルは激減したわけだけど、ま、あの攻撃に耐えられる防御力の持ち主はあたしくらいなもんだしね。


「でもね、前よりはちゃんと返事してくれるようになったんだよ⁉」

「子どもの成長を喜ぶお母さんの発言だよ。むしろ今までどうしてたの」

「人間ってのはなぁ、心だ! ハートだハート!」

「心からウザがられてる気がするんだけど。ねーちゃんは、もっと相手の気持ちを考えるべきだと思うよ」

「ふむ」


 相手の立場に立つんだね。霞美はド田舎に来て右も左も分からないだろうから、いろいろ教えてあげなきゃね。




「ねえねえ、この村ってどうして青村って名前か知ってる?」

「知らないし興味が無いから聞いたとしても即座に忘却するので黙っていてください」

「むかしむかし山姥と天狗が喧嘩してるところにねぇ!」

「都合のいい部分だけ人類の言葉を解するのはやめてください」

「へぶっ」



「青駅のすぐ近くにね、『源ばあの森』っていうキャンプ場があってねぇ!」

「知らないし興味が無いからいい加減にこの台詞を覚えてください」

「すっごい広いんだよ、東京ドーム何個か分!」

「分かり辛いことでお馴染みの例えを更にあやふやにしないでください」

「がっふっ」





 知らない興味ないにべもない取りつく島がない!


「ないない尽くしかよあーーーーもーーーーう頭来たあんな女しらない大好きだっ!」

「情緒が不安定すぎるよ」


 言いつつ、あたしの前に暖かいほうじ茶が置かれる。かいがいしいという言葉はこの弟のためにあるんだ。


 もうすぐ五月だってのにまだ現役なコタツでぬくぬく、今日もまた、あたしたち水野姉弟の駄弁りがはじまる。お母さんからご飯に呼ばれるまでのこういう瞬間、これまでだってじゅうぶん幸せだったはずけど、もう満足できないんだよな。

 だって、一番いてほしい人がいないから。


「ところで、知ってる? 噂になってるの」

「あたしと霞美の仲が⁉ ついに⁉ え、これってまさか「ほとぼりが冷めていく」ってやつ⁉」

「たぶん「外堀を埋めていく」だと思うけど、そうじゃなくってね。白隈さんが、こっちの高校に入学してきた理由」

「理由とかそんなん……、なんでだろ?」


 考えたこともなかったな。

 ま、あたしはバカだから苦手なんだそういうの。


「わりと古い家のお嬢様らしいし、前は市内にいたみたいだし。青村みたいな陸の孤島に越してくる必要性が分からないんだよね。みんな、なんでだろうって」

「まー比べれば不便だろうね。あたしは都会しらないけど」

「どうしてコンビニもない所に来たのって聞いたら、「コンビニがないから来たんです」って言ってたし」

「ここんとこは駄菓子やすら減ってきてるしねー。……なんて言ったって?」

「コンビニがないから来たんだって」

「誰が」

「白隈さんが」


 まて。

 ちょっとまて。


「波音。さっきからその情報、どこで仕入れたの」

「どこでって。直接」

「怪我は」

「ないけど」

「うあー」


 なぜ。

 なぜあたしばっかりぶん殴られるのだ。


 や、流石に薄々感付いてたけどさ、霞美は誰にでも凶暴ってわけじゃないんだよな。会う人全員ぶん殴ってたら高校生活送れないもんな。


「ねーちゃんだけを特別嫌ってるみたいなんだよね。どうしてかなぁ」

「弟に一刀両断されてるお姉ちゃんのことも気にしてくれると嬉しいよ……」


 波音はしばらく考えて、


「僕の友達の友達にさ、世界征服を目論んでる女子高生がいるんだけど」


 友達の友達にそんなヤツがいてたまるか。


「顔が広いみたいだから、その子経由で調べてもらおうかな」

「「その子」? 女友達?」

「そう」

「彼女?」

「うん」


 うんじゃねぇよ。

 もうなんなんだこいつは本当にあたしのかわいい波音くんなのか。お姉ちゃんが恋愛に悩んでる隣でさぁ。ひとりで彼女つくって、霞美ともお近づきになりやがって……、あ、ちょっと泣けてきたぞ。最後に泣いたのなんていつ以来かガチで覚えてないこの水野鋼音ちゃんが咽び泣いちゃうかもしれないぞ。


 コタツに突っ伏して、あらためて実感する。つくづく、恋って、すごいんだよな……。




 ……最近はね。


 本当にね、霞美を想うと眠れないんだ。

 それでも毎日、遅れないように駅に行くんだ。霞美が待ってるから。……いや、待ってるのはあたしなんだけどさ。


 あぜ道を歩いたら、霞美を思い出すよ。

 夕焼けに目を細めて、霞美を思い出すよ。

 愛しい記憶が、どんどん増えていくんだよ。


 もっと、ずっと、彼女との思い出を作っていけますように。

 あたしの初恋が、実りますように。


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