第2話
「おはよう、霞美!」
白隈霞美。
地上最大の肉食獣みたいなそれが彼女の名前らしいことは、翌朝の登校中に判明した。みんながみんな、噂していたからだ。
ド田舎に、超絶美女がやってきたと。
黒髪ぱっつんストレート、腰まで伸ばした長い髪は夜の森みたいに深く濃く、朝日をつるりと滑らせながら小さな歩調に合わせて流れていく。鞄を持つ指、足の運び方、ふと前髪に手をやる仕草なんか、まさしく「一流」って感じがするんだ。「上流」かな?
登校するだけで周囲を魅了してるザ・都会のお嬢様って印象で、そんな彼女と同じクラスで高校生活をスタートできる幸せを噛み締めつつ、あたしはウキウキしながら駆け寄った。昨日の鉄拳制裁は相変わらず意味が分からないけれど、なんかすれ違いがあったんだろうきっと。
てなわけで、まずは親し気に名前を呼んで、隣を歩くしかないよね。男子共に先を越されるわけにもいかないし。校門の前で並んで登校とか、あたしも噂の的になっちゃうかな?
「昨日はちゃんと帰れた? 道わかった? 迷子にならなかった? 野犬とか出なかった平気だった?」
たぶん一五〇もないミニマムな霞美ちゃんの横に立つとあたしののっぽが際立つんだけどそんなんどうでもいい。お人形さんみたく可愛い彼女を特等席で愛でられるなら。
長く揃ったまつ毛は極細で、まばたきすれば紙とか切れそうだ。常に一点を凝視するみたいな力強すぎる眼光は、ふむ、何かに似てる気がするな。
「あの辺は森が深くて熊も出るから、あたしで良ければいつでもボディーガードになるからね!」
と。
美しさに見とれながら、軽快なトークでお嬢様の緊張をほぐそうとしていたら、
「……ついて こないで ください」
ぎゅん。
あたしに一瞥をくれるや、霞美の目力が五百倍くらいに膨れ上がった。あ、これ昨日も感じたやつ。殺気。餓えた猛獣が出すやつ、ヤバいやつ。
どふう、と突風でも吹いたみたいに、周囲の生徒たちがざわつく。なんだなんだと辺りを見渡して、気分が悪いのかうずくまってる女子もいる。桜並木の梢から、小鳥がばたばた飛び立ったのも?
や、なんだこれ。
猟奇をはらむ鋭い眼光、どこで見たのか思い出したよ。ほらあれだ、小学生の頃行ったサファリパークのライオンだ。百獣の王が持てる殺気を湯水の如く垂れ流すって、そんな人間いていいの。現にあたしの目の前に、いや、さっきより離れてる? どうして?
……あたしが後ろに下がったんだ! 無意識に距離を取ったってのか、こんな可愛い子に圧倒されて⁉
新年度初頭の初々しい朝日を暴力的に蹂躙しながら、ごついフォントのオノマトペでも流れてきそうな異空間、その中心に堂々佇む白隈霞美ちゃんは、
「私は、貴女が、大嫌いです。顔も見たくない」
黒髪をひらめかせつつそっぽを向いて、昇降口へと足を速めた。遠ざかるにつれ、空気が春を取り戻していく。
あたしはもう一瞬で足ガクガクの心臓バクバクの冷や汗ドクドクなんだけど……、ここで退く鋼音ちゃんだと思うなよっ!
「待って! 昨日言った事、本気だから! あたしが本当の愛を教えてあげごっっっふ⁉」
追いすがったあたしへ振り向きざま、腹に一撃。腹パン。
半身でさ。小柄でさ、体重もないはずなのにさ。この威力だよ。やっぱこの子、タダもんじゃ……、ない、わ……。
*
あたしと波音、愛しの霞美ちゃんも住む青村から電車で十五分、高校はぎりぎり一学年二クラスなんだけど、一クラスに十九人しかいないから見栄を張りたいだけかもしれない。てなわけで、波音とは別のクラス。あたしの前の出席番号は九年間あいつだったのにさ。けー。
昨日のオリエンテーションやら身体測定やらの途中、彼女を一目見て恋に落ちちゃったあたしは気づいたら後を尾けていて、それが偶然同じ駅(無人で終点)に帰ってて、例の木の下に来たらもう駆け寄って告白してた。
そしてぶん殴られた。
で、その翌日に、またシバかれたわけだ。同じ相手から。
「……ねーちゃん、生きてる?」
地面に伏して学校指定の新品ジャージをさっそく汚す姉を見降ろしながら(制服? 知らん)、心配そうな波音の声。
「……面白くなってきやがったぁ!」
あたしは、ぜったい、霞美とお付き合いしてみせるんだ!
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