野女と美獣
ヒダマル
第1話
告白したら、ぶん殴られた。
恋が実るとウワサの木の下で、時間はもちろん夕暮れ時ね、「一人ではもう生きていけません」的な人生の大勝負に出てたら途中でいきなり、
「あたしはっ、あなたを想うと夜もねぶぇっ⁉」
てなもんだ。
鼻っ面に強烈な一発というか一撃と呼ぶのが相応しい鉄拳がめり込んで足が宙に浮いたと思いきや大の字だったよね。「お空が赤いなー」と「?」が半々。
あたしをのした張本人、つまり意中のお嬢様は、カブトムシみたいにつやつやの長髪を後ろの雲と同じ色にして。西日を灯した瞳は怒りに燃えて、鼻血が付いた握り拳をわなわな震えさせていて、あたしはただただ、なにこの状況ワケワカンナイと混乱することしかできなかった。
水野鋼音、十六歳。
生まれて初めて恋を感じて、
生まれて初めて愛を伝えたら、
ぶん殴られたのだ。
*
「なんでっ⁉ あたしぶん殴られるような事したっ⁉」
愚痴っつったら弟だよ。
初老の執事みたいな手際でコタツに緑茶を運びつつ「ねーちゃんは悪くないよ」とか相打ちを挟んでくれる双子の弟だよね、持つべきものは。
「ねーちゃんは空気が読めないし相手のこと考えないしどうしようもない馬鹿だけど、誰かを本気で怒らせるような人じゃないから」
「わぁ素敵なフォローありがとう! 愛してるぜ波音!」
「真剣かどうか怪しいとは思うよね、よく知らない人は。ねーちゃん、どんな告白したの?」
「好きです! 一目惚れです! 付き合ってください!」
「そのテンションで来るんだね」
波音はいつも落ち着いてる。
「初めて見た時に! この人しかいないって直感しました!」
「今日が初対面だからね、そのタイミングしかないよね」
「運命の相手なんです! 初恋なんです! あたしはもう、あなたがいないと生きていけません! 最愛の人がいない人生なんて考えられない!」
愛の言葉。
最愛の言葉。
を、伝えていたら、
「だから! あたしと付き合ってください! あたしは、あなたを想うと夜も眠ぶぇっ⁉」
「殴られたんだ」
「殴られたんじゃなくて、ぶん殴られたの! 軽く意識とぶくらいのパンチだったんだから!」
うむ、見事な鉄拳だった。
自他ともに認める野生児こと水野鋼音、昔から野山で鹿やら猪やら野犬やらと戯れてきたこのあたしが言うんだ、間違いない。あれは人類が放てる最高峰の拳だったね。痺れた。
しかも、あの子は背が低い。一五〇も無いんじゃないかな。頭ひとつ分以上の差がある相手に、ジャンプして顔面に一撃と来た。黒い髪がふわりと広がるあの光景、きっと一生忘れられない。
ところで、
「相手、女の子なんだけどさ」
「うん」
「変とか」
波音はきょろんと視線を流して、
「子どもの頃に二、三日失踪したと思ったらヒグマに育てられてたねーちゃんが、今更なにやっても驚かないよね」
「よっ、弟のかがみ!」
「ちなみに、数時間前に初めて会った相手を想って夜も眠れないはずないんだけど、ねーちゃんの発言ならスルーできるよ」
「?」
「通じないのは予想外だったけど」
何かを諦めた表情で、お茶請けを取りに行く波音。あたしは絆創膏を貼った鼻をなでながら、
「でもさ。本当に、素敵な人なんだよ……」
ため息をつく、ふかぶかと。
身長一八〇センチ、外見も中身もぴかぴかの女子高生らしからぬあたしが、こんなにも乙女な吐息を吐けるなんてな。
恋って、すごいんだ。
「名前、なんて言うんだろ……」
「そこから⁉」
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