第14話 約束

一羽さんのお見舞いに行った日から数日が経った。優一から仕事の連絡は特になく、いつも通りカフェのバイトをしていた。


「悟君、これを運んでくれるかな?」


「あ…はい、わかりました!」


どうにもバイトに集中できない。一羽さんとの会話や優一の動向が気になってしょうがなかった。


仕事を終えると、店長がコーヒーを作っていた。


「店長、新作ですか?」


「ああ。飲んでみるかい?」


「いいんですか?是非。」


店長から差し出されたコーヒーを飲む。やはり店長が入れたコーヒーは格別だ。


「探偵の方の仕事はどうだい?」


「順調…ですよ。あの子供に振り回されてはいますが。」


「はは、そうかい。優一君は昔から好奇心旺盛な子だったからね。」


「そうみたいですね…。あの、店長。」


「何だい?」


「店長は、友人や家族が危険なことに興味を持った時、どうやって止めますか?」


「ふむ…優一君が危険なことを?」


「まあ、まだ危険かどうかわかりませんが。警察に任せておけばいい事件を調べたがるんです。」


「なるほど。そうだね、優一君の過去を知っている身からすると、放っておくのが一番だ。」


「…やっぱり、止める方法はないですか。」


「彼は、昔親が探偵をやっていた時も自分が気になった事件はありとあらゆる手を使って事件に関わろうとしたそうだ。」


「一羽さんも言っていました。ダメと言われるともっと積極的になるとか…。」


「それが人間の性分だからね。優一君は自分の思うことや自分の欲に正直なんだろう。度が過ぎる時もあるけどね。」


「………なるほど。もう物理的に止めるしかないですかね。」


「はは、そうかもしれない。しかし悟君、君は優一君のことを随分心配するね。仲良くなったようで安心したよ。」


「仲良くなったわけではないです。優一の為というより…強いて言うなら、優一を心配する一羽さんの為です。」


「おや…好きになったのかい?」


「…………………はい。」


「はは、青春だねえ。」


「僕は、結構本気で一羽さんのことを好きになりました。だからこそ、優一に余計なことをしないで欲しいんですが…。」


プルルルルルルルル…と携帯電話が鳴る。


「おや、電話だ。」


「僕のですね、失礼します。」


「ああ。」


着信画面には中見優一と書いてある。久々の連絡だ。


「もしもし。」


「悟、平潟薫が保護された。」


「…本当か?」


「ああ。ただ…。」


「ただ?」


「とても恵さんに報告できるような状態じゃない。」


「……………………意識は、あるのか?」


「ない。」


「…そうか。」


「悟に話したいことがある。例のファミレスで今夜21:00に。」


ブチ


「あっ、おい。」


電話が切れた。


「優一君かい?」


「はい。一先ず、無事は確認できました。」


「それは良かった。長々と話してすまないね。お疲れ様。」


「いえ…お疲れ様です。」



数日前に行方不明になった平潟薫。

平潟薫とは、僕たちが依頼で探していた人の恋人のようなものだった。それが突然の失踪、優一も何かが気になったのか失踪事件に首を突っ込もうとしていた。

手掛かりは失踪直前にとあるコンビニの近くの監視カメラに写っていた平潟薫と女子高生、だったが平潟薫は保護された。


話とは何なんだろうか、予想がつかない。



夜になって優一の指定した時間にファミレスに行った。優一は既に席に座っており気怠そうな顔で一人でスマホをいじっていた。



「優一。」


「悟、やっほー。」


「やっほーじゃない。心配してたんだぞ。ここ数日連絡なかったろ。」


「はは、何それ、君は俺の保護者なの?あ、違うか。姉さんに惚れてんだもんね、なら俺を大切にしとかないと好感度爆下がりだもんね。」


「おい、いい加減にしろ。」


「はいはい。」


「話ってなんだ。平潟薫の件なんだろ?」 


「うん。」


「何があったんだ。」


「んー…結論から言うとね、恵さんが狙われるかもしれない。」


「は?」


「俺独自の推理、聞いてくれる?」


「…ああ。」


優一の言う推理、はこうだった。


まず話は数日前、優一が城島さんに失踪事件について相談しに行った時のこと。

城島さんに平潟薫が持っている病気のことを話した瞬間、顔色が変わったそうだ。

その理由は、何と城島さんが裏の人間から命を狙われている事と関係しているらしい。

勿論、興味津々に優一は城島さんに話を聞こうとした、が、子供の優一には教えてくれなかったそう。


「だから俺は、城島さんの家の書庫を漁ったんだ。」


「何してんだお前、犯罪だろ。」


「加賀のおっちゃんに入室許可貰ってるから不法侵入じゃないよ!」


「…………モラルに反する。」


そして調べてわかった事は、城島さんが探偵をしていた時に知った裏の情報だった。


「この世には、殺人ウイルスが存在する。」


「…インフルエンザとか?」


「違うよ、直接的なウイルスじゃなくて、間接的な。」


「間接的な…?」


「うん。例えば、性別が変わる、とかね。」


「それは…平潟薫の…?」


「ああ。ただ、詳しい事はわからないんだ。」


「…?じゃあ何故、平潟薫の持つ病気が殺人ウイルスだと断定するんだ?」


「日本に、あるのがそのウイルスだけらしい。そのウイルスの詳細しかなかった。」


「他にも存在するのか?」


「平潟薫のと合わせて5種類くらいあるらしいよ。」


「怖………。ていうか外国にあるのか。」


「元はロシアから来たらしいね。」


「はた迷惑な話だな…。それで、それが平潟薫の失踪と何が関係あるんだ?」


「どうやら、その殺人ウイルスって人為的に作られた物らしいんだ。」


「と、言うと?」


「端的に言うと、殺し屋が跡がつかない様に発明したウイルス。なんだって。」


「さっきから情報があやふやだな。」


「何かにわかには信じがたい話だし。」


「確かに、世界が違う様な話だ。」


「で、その殺し屋がそのウイルスを取り返そうと薫を狙ったんだよ。」


「…なるほど、それで移った恵さんが狙われるかもしれないという話か。」


「というか、狙われるのはほぼ確定でもう警察が保護に向かったんだけどね。」


「何故?」


「何故って…平潟薫が生きて見つかったからさ。」


「…?」


「平潟薫は暴行を受けてた。というか、あの跡を見る限り、拷問だね。」


「…!?」


「そして生きて見つかった…ということは用済みになった。必要な情報を得た。ってことだろう。」


「拷問…?」


「しかし犯人も不思議なことをするもんだね、生かしたら情報をバラされるかも知れないのに、殺さないなんて。」


「ちょっと待て…、それは本当の話か?」


「信じがたいけどね。ただそういう外傷があったのは事実だ。」


「……お前、よく平然としてられるな。」


「…。」


「怖くないのか?そんな事件に関わって。」


「んー、寧ろ、ワクワクするというか。」


……ああ、此奴は思った以上に狂っているのかもしれない。


「お前が事件に関わったのは、関わろうとしたのは、平潟薫が心配だったからじゃないのか?」


「何で数分しか会った事ない人間を心配するのさ、そりゃ、事件は興味深いと思ったけど。」


「…まさか、お前がそこまでとは思わなかった。」


「はあ?」


「そんな、面白半分、興味半分で危ない事件に首を突っ込むのはやめろ。」


「…何で?」


「何でもだ。何より一羽さんの事を考えろ。」


「……うっざ。」


「は?」


「姉さんに惚れてるからって、もう夫気取り?」


「…?何を言ってるんだ。」


「保護者面しないで。ただの雇用関係ってことを忘れないで。余計なお世話だ。」


「……何でそう反抗する。」


「何?反抗って。自分が正しい事言ってるみたいに。」


「いいから、事件に関わることをやめろ。命の危険に晒されるかもしれない。」


「俺が死んで、あんたに何の関係があんの。」


「…!」


パシンッ…


思わず優一の頬を引っ叩いた。


数秒たって周りを見渡してみると周りもこちらを注目している様だった。


「……何すんだよ。」


「……………場所を変えるぞ。」


会計を済ませて店を出る。周囲の視線が痛い。当然だ、突然子供を殴って人の視線から逃れようとしている、下手したら警察に通報されるかもしれない。


なるべく人がいない場所を、と思い車で事務所まで向かった。



「ねえ、いい加減何で引っ叩いた理由説明してくれる?俺と二人っきりになって俺をボコるつもり?」


「お前、何日寝てない?」


「は…?」


「いつ睡眠を取ったかだ。目の隈も酷い。」


「…寝てるし。」


「嘘をつけ。今日は寝ろ。」


「ちょ、何すんだよ!」


「一歩でもこのソファから動いたら殺す。」


「はぁ!?むぐっ」


「早く寝ないと息止まるぞ。」


「ん"ーっ!ん"ーっ!ぷはっ…はあ…はあ…マジじゃん……。」


「子守唄歌ってやろうか。」


「………わかったよ!寝ればいんだろ!寝れば!」


そう叫んで優一は無理やり目を瞑った。

無理やり目を瞑った割にはすぐに意識を失った。

恐らくずっと寝てなかったんだろう、それであの攻撃的な態度だ。


しかしいくら優一といえど身近な人が拷問…された事件に対して面白い、と感じていることには驚いた。挙げ句の果てに心配する人に向かってあの態度だ。中々骨が折れる。



優一を寝かせたのはいいが自分が特にやることがない。ので、反対のソファで寝ることにした。仕事の後に反抗期の子供のお守りは少々ハードだ。





「………悟、悟。」


「あ…?」


「今何時だと思う?」


「何時って…。」


「昼の12時。」


「…あ!?今日シフト入ってんのに!!」


「あっははは!!残念だったね!!遅刻だ!!」


「笑うな!ていうかもっと早く起こしてくれよ!」


「ははは!無理だよ、俺も今起きたもん!」


「なんっだよ…。あーやばい。仕事で遅刻したことなんかなかったのに。」


「おめでとう!記念すべき初遅刻だ!」


「…はあ。」


「安心しなよ、店長には俺から電話しといたから。」


「電話する時間あったんじゃねえか。」


「はは、なんて言ったと思う?」


「?」


「悟なら今、俺の隣で寝てるからって言っといたよ。」


「…気色悪い。」


「上司に向かってそれはないよ。ていうか冗談に決まってるじゃない。」


「はあ…。」


「そんなに落ち込む?真面目すぎない?」


「いや…お前の調子が戻ってよかった。」


「え。」


「昨日お前凄かったぞ。攻撃性が…。元どおりになって…安心した。」


「うぇ、気色悪。」


「おい。」


「……大丈夫だよ、俺は死なない。」


「…何でそう言い切れる。」


「空手習ってるからね。」


「お前…。」


「なあ悟。」


「何。」


「俺と一緒に地獄巡りか、姉さんとラブラブランデブー、どっちがいい?」


「比べるまでもないな。」


「だよねえ。」


「地獄に落ちたお前を拾った後で一羽さんとラブラブランデブーだ。」


「…!悟ってラブラブランデブーとか気色の悪いこと言うんだね。」


「おい。」


「…なら、俺は拾われることを信じてとことん地獄を歩くよ。」


「死んだら殺すからな。」


「はは!悟にしては面白い冗談だ!」

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Break Incident!! 甘ヌ(改) @kan09

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