第13話 窓から香る幻の桜

午後3時、先ほど女性から浮気調査の依頼を受けて事務所へ帰った後、僕と優一の二人は時間があるので優一の姉である一羽さんのお見舞いに病院へと向かっていた。


「ちなみに聞くけど、この後の予定ってなんだ」


「…悟に関係あること?」


「答えたくなかったらそれでいい」


「悟ってさあ…」


「なんだよ」


「…いや、何でもない。特に今言うことでもないし。」


こうも濁されると気になってしまう。優一は何かと遠慮がなかったり失礼な態度を取ることもあるのにこの時は妙に遠慮した。


「着いたな」


車を降りて前回同様、優一が面会手続きをしてから一羽さんの病室へと向かう。病院というのは驚くほど静かだ。

その空気を壊さないように、優一が病室の戸を開け、中に入る。


「姉ちゃん」


「あら、優一?と、悟さんかしら?」


「そうです、よくわかりましたね」


「多分だけどこの間来た時と靴が同じでしょう?」


「…話には聞いていたけど実際に当てられると驚きしかないです、超能力のようだ」


「ふふ、そんな大層なものじゃないですよ」


靴の種類すらも音でわかるというのか?これは病気というにはあまりに超人的だ。


「優一、悟さんとちゃんと仲良くしてる?」


「仲良くって、あくまで上司と部下だよ。それ以上は何もなーし」


「悲しいこと言うなよ、仲良しですよ。な?優一」


「げ、なんなの」


「お姉ちゃん仲良しだと嬉しいなあ」


「…仲良しだよ!」


「ふふ、良かったわ」


優一も弟だな。姉には弱い、そんなところは一般的な姉弟となんら変わりもないのにこの二人は両親と離れて暮らしていて、しかも姉弟と離れて暮らしている。なんとも悲しい話だ。


しばらく一羽さんと三人で話をしていると優一の携帯のバイブレーションが鳴り出していた。そして優一が取った携帯には「城島羅楽」の文字。これは、隠し事確定の匂いだ。


「外で電話してくるね」


「ああ」


優一が病室を出ると一羽さんが少し考え事をするような仕草を見せた。


「どうかしたんですか?」


「いえ、少し悟さんに優一について話を聞きたいの」


「構いませんが…」


「あの子、何か危険なことしてないかしたら?」


これはまた…女の勘というやつか?それでも危険なことはしてないと思うが…。


「いえ、僕は何も。どうしてそう思ったんですか?」


「なんていうかあの子、昔から興味があると何が何でも諦めない子なんです」


「…はい」


「しかも親にダメだって言われることほどやりたがる性格で…」


「…ああ」


「その興味があることに出会った時とか近づいた時、足が早歩きになるんです」


「早歩き…?」


なるほど、さっき病室を出て行ったとき確かにいつもの歩くスピードよりも早かったかもしれない。それでもわかったのは昔の癖を知っている姉だからなんだな。


「まあでも…僕に隠し事をしている節はあります」


「そうなんですね…はぁいやだわ、心配だからすぐに勘ぐってしまう…本当は自由にさせたいのに。」


「僕に任せてください。一羽さん程優一のことを知っている訳ではないですけど今近くにいる大人は僕です。」


「悟さん…ありがとう」


「いえ、当然のことです」


「でも、私はあなたに頼って欲しい」


頼って欲しい…


「…?一体どういうことです?」


「初めて会ったときも、そして今日も、悟さんは人に対して優しすぎます」


優しすぎる…僕が?確かにマスターから優一と一羽さんの家庭事情を聞いて助けたい支えたいと思った。それはごく普通の感情ではないということか?


「人に対して優しすぎる?」


「ええ。悟さんの良いところでもあり、欠点でもあると私は思います」


「僕は、人として当然のことを…」


「今更その生き方を変えた方がいいなんて言いません、だから私にできることがあったら何か言って欲しいんです」


「一羽さんにして欲しいこと…一つ、言って良いですか」


「ええ、言ってください」


「僕と、デートしてくれませんか」


ああ、僕は何を口走っているんだろう、病気もあるのに負担を強いるようなことを…

すぐに訂正しなければ


「病気が、治ったら」


一羽さんは驚いた顔をした後に、優しく微笑んだ。


「もちろん、いいですよ」


この病室一帯が時が止まったように思えた、それ程高揚した。この白い病室の窓から入る日差しの光に照らされた彼女は今まで見てきた何よりも美しかった。


「…」


「悟さん?」


「僕…貴方のことが好きなのかもしれません」


「え…」


「あ、すみません急に、驚きましたよね」


「いえ…ふふ」


「…?」


「今までずっと私、情熱的に口説いてくださってると思ってたんですけど、違ったんですか?」


…思えば初めて会った時も告白紛いのことをしてきていた、なぜ自分でもっと早くに気が付かなかったんだろう。これは、ただの一目惚れでもあり過去最高の恋愛感情でもある。


「間違いありません…」


「返事は、目が見えるようになったときでいいですか?」


「…もちろん、大丈夫です」


「ごめんなさい、どれだけ先になるかもわからないのに。でも貴方はきっと、私の外見や声仕草全てを見て好きになってくれた」


「お仰る通りです…」


「私も、ちゃんと貴方の全てを見たいの。」


こんなに、幸せなことがあっていいのだろうか。そういえば、大学を卒業して以来恋愛なんて全くしてこなかった。どうして数年ぶりに好きになった人は原因もわからない病に苦しんでいるのだろうか。世の中というのは残酷だ。


「…あら、優一が帰ってくるみたい」


「わかるんですか?」


「ええ、足音でね」


戻ってきた優一と、また三人で少し話した後、優一と僕は一羽さんに挨拶をし病院を後にした。

帰りの車内では優一が何やら不機嫌そうな面持ちで黙っていた。


「何かあったのか、さっきの電話城島さんだろ」


「見てたのかよ…」


「城島さんが警察に協力するから高校生探偵の入る隙はないんじゃなかったのか?」


「…だからそれは」


「お前が危険な何かしようとしたとき、僕は止めるぞ」


「…どーせ姉ちゃんから何か聞いたんだろ」


「お前がどうしようもない奴だってこともな。」


「…………余計なお世話」


「余計かどうかは知らないが病気の姉をこれ以上苦しめるようなことはするなよ」


「わかってるよ…」


これでいい、いざとなったら体を張って止める。優一と一羽さんの為に、それが最善だと、これが考えれる僕の最善だった。


浮気調査は一週間続き、奥さんの協力も経て確たる証拠も写真で入手。もしも裁判沙汰となったとしてもこちらが勝てるような材料は揃え、依頼を完璧にこなした。


「無事!終わったね!」


「何だかなあ…」


お互い愛し合って、結婚した夫婦。長年連れ添うにつれて、どうしてこうも浮気だったりお金のためだったりで争うことになるのだろう。


「どうしての?」


「真実の愛って何だろうな」


「ははは、俺は家族愛だと思うね」


意外な答えだが、優一にとっては確かに家族というのは近かったのに遠くなった存在だからそう思うのもわかるな。


「お前らしいな」


「あ、そう?らしくないって言われると思ったんだけど」


「理由は?」


「生まれた時にそばにいたからさ」


「何でそれが真実の愛なんだよ」


「生き物の一番弱い時って、生まれたてだと思わない?」


「あー…?」


「と同時に死ぬ直前もそうだろう?」


「…まあ、そうだな」


「そんな時高確率で側にいるのが家族なんだよ。一番弱い状態で共にいる状態、これは生き物として最上級の信頼の証さ」


「それが愛?」


「うん、そうだよ」


僕には完全な理解は出来なかったが、17歳で一体どんな人生を送ったらそんな考えになるんだ。


「悟が考える真実の愛は?」


「うーん…恋愛じゃないのか」


「それはどうして?」


「中学とか高校とか、友達より彼女優先なんてことよくあるだろ」


「悟って本当単純っていうかなんていうか」


「いやいや普通じゃないのか」


「悟、良いことを一つ教えてあげよう!」


「何だよ」


「性欲なくして恋愛は成立しない!」


「うわあ…」


正直、優一がここまで捻くれているとは思っていなかったな。いや、元々そんなやつか。

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