下・7月23日

「当たり前だろ、あたしはアンタの弟子なんだぜ?」


 彼女はニッと笑って、一輪の薔薇を机上の花瓶に挿す。

紫がかった大きな花は、部室の中心を陣取るガラスのローテーブルによく映えていて。「綺麗な花だね」なんてポツリと零せば、彼女は「お、そうだろ?」とこちらを振り向いた。

「…べにちゃんが生けるって事は、何か特別な意味が込められてるんでしょ?」

「さっすが澪さん。あたしの好きな花は…カサブランカっつう白百合は、カクテルと花、二つの名前になってんだけど…この花にも同じように同名のカクテルが存在すんだ。昨日龍牙に聞いたんだけどよ、ほんとにエモくて『生けたい』って思ったんだ」

「…龍牙、かあ。どんな話だったの?」

「聞きたいか?花もカクテルも共通なんだけどよ、『決して有り得ない事』『幸せの瞬間』っつう相反した言葉を持ってんだ。最高だろ?今まで花しか知らなかったけど…龍牙の父がバーテンダーだからって、龍牙もカクテル言葉に詳しいんだとよ。教えてもらったんだ」

 …恋人について話す彼女は、僕といたどんな時より幸せそうで。この瞬間も笑顔を向けているのは、今話している僕じゃなくて、彼女と付き合っている僕の幼馴染で。


 …だから。彼女が笑顔でいられるならって、僕は手を引いたのに。


「澪、さっきね…軽音部のギターボーカルの子、生徒会室に匿ったよ」

「え…っ、魁斗、どういう事?」

「彼女、泣いてたんだ。あんなに目を腫らした子をそのままにする訳無いでしょ」


 生徒会長を務めるクラスメイトの言葉に、『龍牙に話つける』と言った昨日の彼女が蘇った。

 …何で。どうして、君は最後まで彼女を傷つけるの。


「…べにちゃんに、何て言ったの」

「お前が知る必要は無い」

 月光に浮かぶ青メッシュは彼女と色違いで、今はそれすらも忌まわしくて。

 青い光に濡れる窓辺の白百合は、かつて彼女が好きだと言っていた花で。


「…自分の女くらい手放すなよ、男だろ」

 …我が儘だって分かってるけど、それでも…二人には、ずっと続いて欲しかったから。恋人だった二人と燐夜君、そして僕と彩ちゃんで過ごした日々は綺麗だったのに。


「…これは俺とべにの話だ。澪には関係ない」

「知ってるよ。でも…あの子は僕の弟子だ」


 …べにちゃんが見たら、滑稽だって言うかな。僕のキャラじゃないって笑われるかな。



『なあ澪さん、知ってるか?赤百合の花言葉は『虚栄心』なんだぜ』


 …そう、なんだね。ごめんね、べにちゃん。




 窓辺に佇む一輪の白は、素知らぬ顔のまま蒼を浴び続けていた。

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Toad 槻坂凪桜 @CalmCherry

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