Toad
槻坂凪桜
上・7月22日
――ねえ。何で、こんな事になっちゃったのかな。
「…龍牙?」
きっかけは、些細な事だった。偶然見掛けた幼馴染が、恋人じゃないはずの女子と歩いていたから。
「その…龍牙とは上手くいってるの?」
だから…龍牙の恋人に訊いてみれば、彼女は一瞬だけ…でも確かに眉を潜めた。
「…どういう事だよ」
「いや、何も無いなら良いんだけど…最近の龍牙、べにちゃんよりも彩ちゃんといる方が多い気がして」
今日だって一緒にライブ来てたし、と補足すれば、彼女は…九十九べにちゃんは、よく知ったその名前にハッと息を呑む。…やっぱり、何も聞いてなかったんだね。
真っ赤な唇を噛むその姿は、あの時の…ここに来たばかりの彼女の姿を彷彿とさせた。
「…教えてくれて有難な、澪さん。近いうちに龍牙には話つけるからよ」
「ま、待ってよ、まだ決まった訳じゃ…」
「龍牙が浮気してたってんならそれまでだ。結局、龍牙はその程度の人間だったって事だろ。…んな奴、こっちから願い下げだ。隣にいる資格なんてねぇよ」
「べにちゃん…」
…何で、べにちゃんがそんなに悲しそうに笑うの。彩ちゃんと一緒にいたのは龍牙で、べにちゃんは何もしてないのに。
何がいけなかったんだろう。ギターボーカルの彼女とドラムの彼。同じ軽音部として、恋人としても上手くやっていたはずなのに。メッシュだって色違いで注して、黒いリストバンドだってお揃いで嵌めてるのに。
「…悔しいに決まってんだろ。誰かと一緒に演奏する楽しさとか、何にも縛られない自由とか、独りだったあたしに教えてくれたのは龍牙なんだから。…だからなんだろうな。軽音部が心地良すぎて、忘れてたんだよ。完全な自由なんて無ぇ、あたし達はみんな誰かに首輪を嵌められてて、見えないところから鎖を引かれてるって」
一筋の赤メッシュを指先で弄りながら、べにちゃんは力なくその口元を歪める。遠くを眺める虚ろな視線は、壁に飾られたホトトギスの造花しか捉えていなくて。
…紅茶のカップから立ち昇った湯気が、彼女の爪のワインレッドをゆらりと撫ぜた。
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