分析の記 4

*264項あたりから川端が湯ヶ島で大本教(おおもときょう:戦前迫害された新興神道の一派)の教祖一族の三人と遭遇した時のことを書いてある。清野はこの大本教の幹部の息子であったので、『湯ケ島』はこの宗教と清野をつなげる都合の良い場所だったようだ。


「思ひもよらない所で、今目のあたりに見る、田舎の駄菓子屋の女房としか思へないこの女が、大本教二代目教祖だといふのである」


 と、無神教で客観主義者の川端の筆はかなり辛辣である。大本教の教祖一族の女の容姿をこきおろしているのだ。清野少年が大本教の幹部の息子であるということから、川端は湯ヶ島で熱心に彼らを観察するのであるが、全くの失望を書いている。だが、この作品の中で清野への攻撃は全くしていない。清野の中に信教はどうであれ、本当に”清いもの”を想定してそれを外していないのだ。

 清野の名前はそこから付けたのではないだらうか。


 ここで清野少年のモデルは実在したのか、の議論になるが、この作品では実際の大本教の川端の観察がそのままと、虚構であるらしい清野が混在している、小説としては評価が分かれさうな書き方を敢えてしている。よってモデルを探しても意味がないのかも知れない。


 何故ならば、「少年」は、川端のみだらな妄想癖と臆病の告白と懺悔と、神々しいものをみづから作り上げ自己の救済と見せかけた経緯を書いているからに他ならないからだろう。

 「伊豆の踊り子」は「湯ケ島の思ひ出」から切り離された文芸の世界でちょこんと突き出て温かい太陽を浴びるほんの少しの川端の精神の花なのかも知れない。地中の暗闇にある巨大な虚根の耐え難い寒さと寂しさは見えない。


 大本教に関してはここから273項まで書かれていて、川端のこの信教への不審が相当のものだったことが伺われる。清野少年との対比にも必要だったかは分からないが、サイコパスとしての面目躍如の部分だ。清野少年に関してところどころに「自分勝手な解釋」と書いてあるのはそれを自覚していたのだらう。


*274項第9章から大本教の京都嵯峨の道場で修行する清野少年を川端が訪ねる場面だ。


 旧制中学を卒業してから川端は一度嵯峨に清野を訪ねているがその時は会えず二十二歳の8月に二度目に訪れて会うことが出来たのだ。清野は十九になっていたはずだ。

 嵯峨の道場の情景やそこで修行する青年たちの覇気の無さなどが綴られている。本当かどうかは資料がないので分からないが、青年たちは髪を長くし、首の後で結び背に垂らしていたという。

 そして再度、川端の性癖に関して告白の一つが記されている。


 276項あたりの部分で、川端の周りで遊んでいる十二、三の女の子を差して清野の中学の友人の「なま信者」がこの子はお男の子か女の子かと問う。女の子だと川端が言うとその男は女の子の着物の前をはぐって股間を見せるのである。277項の1,2段落目はこう書かれている。


「その子は東京の十二三の女の子と同じ形に、肩のあたりで神を揃へた断髪であった。少女のつややかな髪だ。」

 次の段落。

「私は刺戟を感じた。私の室員の幼い姿を、私はその弟に見出したのである」


 どのような『刺戟』なのかこれも読者の妄想を育む書きぶりだ。それを和らげやうと続けて清野の姿を見出したと書いたのだらう。この『刺戟』が性的なものでなかったのなら、単に「私の室員の幼い姿を、私はその弟に見出したのである」と書いたはずだ。


 興味深いのは、あれだけ大本教を悪く書いておきながら、この「なま信者」に対して怒りをおぼえていることだ。無神論者は、実はおのれの神を信じてゐる、ということだらう。

 また、大本教信者の姿を見て、清野を女性化する妄想にも川端は触れている。(278項)女の子の格好をした男の子をみて清野がそういう育て方をされたという想定をして、清野のうちにある女性を描いたのだ。そして、289項に書き進めて、純粋な信者である清野少年が自分を神格化していた、帰依していたと論じる。まったく「自分勝手」な作家の創造と言えないだらうか。

 断っておくが、私がこの散文で使う「想像」、「創造」は意識して使用してゐる。



 ここまで清野少年の描写が川端の虚像でなかば神格化されていることを論じてきたつもりだ。


 282項前後も、かうした大本教の教理のおかしさを、人の身に取り付く悪霊や日に2,3粒を食べれば生きながらえる土の玉の話を交えて記している。それと対称的に清野少年が大本教の信者であるのに、その清らかさを説明している。『修行のいらない信者』であるとさへ言っている。そして清野少年の神性への『妬み』を感じ、逆に清野は川端に「帰依してゐた」と読者の記憶に論理の揺さぶりを掛けてくる。

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