分析の記 2
*同3段落目 清野との交歓
「床に入って、清野の温かい腕をとり、胸を抱き、うなじを擁する」
この段落は、作品で最初の清野との『接触』の描写である。どうしてそうなるに至ったかはこの作品では語られていない。物語を読むにあたって単純に考えれば不可解なことである。また、その行為の描写であるが「眠れる美女」を読んでも、相手の腕をああしたの、胸をどうしたの、という川端特有の描写は分かりにくい。ある意味、現実的ではないやうに思える。読者にはこれで十分に分かる人がいるのだろうか?「胸を抱く」という表現によって清野少年が相当川端に比べ小さかったと想像できるのだが、清野はこれでは寝られなかったらう。
*244項4段落目 川端と大口の関係
「大口が「宮本(著者注:作品中、川端のこと)か。」と言つて(著者注:寄宿舎の)室にきて、私ではなく二年生の清野だといふことが分かったにもかかわらず、清野の直ぐ傍の私の床――それは清野の腕を弄ぶためいつも敷布団は密接に敷かれてゐた床に、もぐりこんで~」
清野少年は大口を頑なに拒んで、事なきを得る。
川端は、写真でも見て取れるが、元来虚弱で、後述されるが貧弱な肉体であったと自分でも書いている。大口が(後に語られるが)就寝後に部屋を移動するという旧制中学の寄宿舎の『禁制』を犯して川端に会いに来たということは、どう読み取れるのだろうか。川端でないということが「分かったにもかかわらず」、大口は川端の床に入ったということはすでに大口と川端は同衾する中であったということだろうか、非常に曖昧な文章である。
流し読みをしていると、大口が何か室長の川端に用事に来て川端がおらず、興味を持っていた清野が寝ていたので川端の床に潜り込んだ、でおおまかな理解は終わってしまうだろうが、寮内をこうして動き回るのは禁制だった、と後に書いてある。この部分を覚えている読者はその理解を遠方から『揺さぶられ』るのである。
*245項1段落目 川端の告白
「しかし果たして大口を憤るだけの浄さが自分にあるのだらうか。(中略)~美少年美少女を肉の思ひなしに眺められたことが一度だつてあるのか」
もし作家の全人生が作品に反映するとすれば、この文章の重みは相当なものだらう。創作であっても作家はこう赤裸々に書けるのだらうか?しかも一人称で。全体を通して私は主張し続けやうと思ふが、川端康成は『人の皮を着た鬼』のやうな天才と私は思ふ。本当に日記に書いてあったのか。五十になった老作家が当時を想い出して付け足して書いたのではないか?・・・私は川端の旧制中学時代の早熟さを考えると、日記に書いてあったかも知れないと感じる。私も今は川端の性癖を理解できる『同じやうな』人間なのだ。だが、徹底的に異なるのは、十代なかば、後半にこんな鮮烈な意識はなかった。「一度だってあるのか」ということは常に対象を視姦していたということに他ならない。この文は非常に重い。
*246項5段落目 作家としての目
「この前の年、十八歳の中條百合子が処女作「貧しき人々の群れ」を(中略)~十九歳の島田清次郎が長編小説「地上」を~出版した」
島田清次郎は杉森久英の「天才と狂人の間」で描かれた自己中心的な行動で、菊池寛から文壇で抹殺され、最後はもともと持っていた精神病を亢進して精神病院に収容された、ある意味自己破壊的な『小説家らしい』作家だ。川端もその才能は認めていたのだらう。興味があったので記す。
*247項6章の4段落目 清野との交歓
この段落で「少年」の中で、”同性愛”の記述として有名な文章が出てくる。これは川端が旧制中学を卒業し旧制高校に入り、その1年目に国語か何かのの授業で提出した作文だったと述懐している。つまり中学での同性への恋人へのラブレターを高校の授業で提出したものと川端は主張しているのだ。読者は驚くのか、それともああ、あの頃はさういう学生もいたのだなと思ふのか、それは自由だ。
「お前の指を、腕を、胸を、頬を、瞼を、舌を、歯を、脚を愛着した。
僕はお前を戀してゐた。お前も僕を戀してゐたと言ってよい。
(中略)寄宿舎での上級生と下級生、室長と室員としての僕たちの間は、第三者には直ちに推測されてしまふだらう」
実に直截的で説明の必要はないと思われるが、反面、私はどうも腑に落ちない。他の節によれば他に美少年がかなりいたし、大口の行動を見ても寄宿舎で同性愛行為はある程度行われていたように感じられる。そのような環境で、直ちに『推測されて困る』事情があったのだろうか?後々の川端の清野に関する記述に矛盾する感じもする。
「戀(恋)」という文字はここにしか出てこない。時間が経つとと戀が変容してくるということか?少なくとも人生の最も性欲旺盛たる旧制中学生の日記にここまでの客観的な心の記述が出来るのか?
若くとも川端だったら出来ると考えるか、五十歳の川端の顔(脚色)がこの文章に見えるのか。
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