第3話 follow me




「わーっ、何コレ!?」



 会場に入ってすぐ左、早くも老若男女が群がり始めたブースを見て、俺の隣を歩く彼女は感嘆の声を上げた。

 ちょうど俺が働いているコンビニ2個分くらいの広さの物販ブース。パッと見ただけでも、文房具から日用品、スマホケースと、まるで大きなテーマパークのキャラクターのようにいろいろなグッズが販売されているようだ。



「見てくださいトオルさん、ほらこれ、アウールのぬいぐるみっ」



 まるでメイン商品です、とでも言わんばかりに店の中心に飾られたぬいぐるみコーナー。その中の一つをひょいと持ち上げると、彼女は可愛いとは程遠い不気味なぬいぐるみを俺に見せつけるような格好をとった。

 薄手の半袖レースと、肩からのびるバッグのひもが大きくも小さくもない胸のふくらみを強調する。ぬいぐるみを持ったまま、『ん?』とあざとく傾いた見覚えのない顔に同調して、帽子から垂れた長い黒髪が揺れた。






 ……。


 え、なにこれ?

 ドッキリ?学校の罰ゲームか何か?


 非現実的な光景に俺の思考回路が停止する。

 今すぐ周りにカメラがないかを確認したい気持ちと、その姿を見て笑う少年少女がいるのではないかと言う恐怖。その葛藤のはざまで揺れながら、俺は彼女に『ははは』と愛想笑いを返した。




 セリです。

 彼女はそう言った。


『あ、そうなんだ』と、彼女の言葉を認めることができればよかったが、生憎俺の頭はそれを許しはしなかった。

 いや、だって俺の知ってるセリは男で……。え、ネカマ?




 ReStのグッズを手に取り、買おうか悩む様子の彼女を少し離れた位置から眺める。


 彼女と出会って1時間。

 俺の頭はまだ現実を逃避しているようだ。






 *   *   *   *   *






「それにしても、すっごい人ですねー。私RsStのリアイベって参加するのはじめてなんですけど、女の人も結構いてちょっと安心しました」



 ハンバーガーとジュースの乗ったトレイを丸テーブルの上に置いたセリは、テーブルを挟んで俺の正面の椅子に座った。



「迷惑でした?」


 被っていた帽子を脱いだセリは、はねた髪の毛を直しながら、少し申し訳なさそうに口を開いた。



「いや、迷惑と言うか……驚いたというか……。完全に男だと思ってたから」



「まあアバターが男ですもんね。ReStだと声も変えてますし」



「あー、そうだったんだ」



 なんて、何の面白みもない返事を返した。

 もしこれがReSt内であれば、俺だってもう少し気の利いた返しも思いついただろう。ただ、目の前にいるのが女子高生だと考えてしまうと、問題が起こってはいけないという俺の自制心が働いてしまう。



「別に騙すつもりはなかったんですけど、なんかずっと一緒にいると言い出しにくくなっちゃって」



 あれ、なんだろう。心が痛いほどわかる気がする……。

 恥ずかしそうな表情の中、クスリと笑うセリに、フリーターという重圧が俺の心が押し潰されそうになった。



「でも、トオルさんはなんかアバターそのままって感じですね」



「え、そう?」



 と、今度は俺が少しだけ恥ずかしさを感じる。



「でもキャラクリしたの2年くらい前だし、今とは結構変わったなって感じるけどな……」



「えーそうですかー?だって、一目でトオルさんだって分かりましたよ?」



 そう言って、セリはジュースのストローを口に加えた。

 そんな会話をしながら、俺は自分のアバターを作った時のことを思い返す。


 たしか当時は自由にアバターを作ることができるが、写真を読み取って自分そっくりのアバターを作ることもできた。まあそんな機能があるからとはいえ、普通であればかっこいいアバターでプレイしようとなるのがほとんどだろう。

 だが、当時の俺は何を思ったのか、30のオッサンが若者になりすますのもイタイかと考えていたらしく、何故かありのままの姿でアバターを作ってしまった。


 まあ、ちょっとだけ年齢を若くして、気持ち程度に顔を修正した記憶があるが、それは触れないでおこう……。



「あーでも確かに、ReStの方がもう少し若くてかっこいいかも」



 うっ……。

 まるで俺が嘘を隠しているのが分かっているかのような、そんなセリは鋭い言葉に俺は思わず口を噤んだ。



「冗談ですよ」



 と言ってセリはにこやかに微笑んだ。


 俺が言葉に困ると、セリはいつもそう言う。いや、最近はあえて俺が言葉に詰まるようなことを振って、それを楽しんでいるだけなのかもしれないとも思っていた。

 だが、今はその『冗談ですよ』という言葉がなぜか嬉しかった。


 思えばこの1年、俺はバイトの時間以外は基本的にReStをやっていた。その中でも、セリとしか会話してないんじゃないかと言うくらい俺はセリと一緒にいた気がする。セリといる時間はほんとに楽しくて、何なら歳は離れていても親友じゃないかと思えるくらいに俺はセリのことが好きだった。

 だからこそ、彼女が俺にセリだと打ち明けた時、俺の中のセリがいなくなってしまったような気がして、今までずっと空白感のようなものを感じていた。


 合言葉でも何でもない。本当にただの会話だ。ありきたり過ぎて笑われてしまうかもしれないが、その聞きなれた言葉や慣れ親しんだテンポが、彼女が本物のセリなんだと実感させてくれた。






『それは犯罪だわ(^-^;』



「ブフォッ!!」



 哀愁的な雰囲気が、テーブルに表向けた携帯のロック画面に表示された田淵からのメッセージによっていとも簡単に一蹴される。



「だ……大丈夫ですか!?」



 何の脈絡もなく噴き出した俺に、セリは今日一番驚いた様子でバッグから取り出したポケットティッシュを俺に差し出した。



「ごほっごほっ……。ちょ、ごめ……」



 え、なに?田淵さん来てるの……?

 そう言えば旦那さんがReStやってるって言ってたっけ……。なんてどうでも良い会話を思い出しながら、セリが差し出した手の中からティッシュを一枚貰った。






 *   *   *   *   *






「……」



 セリが無言で俺を見つめる。

 いや、俺ではなく、俺の後ろの何かを見つめているのかもしれない。


 とりあえず今言えることは、俺が咳き込んだせいで途切れた会話が元に戻らないということだ。

 ここは年上として何か話題を振った方がいいのだろうか?うーん、でも女子高生ってどんな会話するんだろう……。なんて一人で悶々とする。


 暇じゃないのかな?やっぱりこんなオッサンと来ても面白くないよなぁ……。いっそスマホでも弄ってくれれば楽なんだけど、と俺が考えた矢先、セリはおもむろにポケットからスマホを取り出し、その電源をつけた。

 自分で考えてはいたものの、実際にスマホを弄る姿は退屈させてしまっている申し訳なさと、そんな自分に対する不甲斐なさを俺に駆り立てる。



「トオルさん、私行きたいブースがあるんですけど」



 そんなことを考える俺に対し、セリは何ともなさそうな感じで呟いた。



「行きたいとこって?」



「あれです」



 そう言ってセリは会場内でも一番と言っていいほど人が集まる場所を指差した。タイムアタックコンテストだ。


 事前応募で選出された100組が二人一組でプレイし、その内の上位10組には豪華賞品がプレゼントされるというもの。

 選ばれた中には名の知れたプレイヤーも多く、会場の中心にある柱から四方に向けて掲げられたモニターには今そこでプレイしている誰かの映像が映し出されている。その本気のプレイが近くで見れるということもあり、プレイしている本人たちだけでなく、周りの参加者もすごい熱気だ。

 勿論俺も可能ならタイムアタックに参加したかったが、数百万の応募に対して参加できるのはたったの100組。現実では何一つツキのない俺は当然のごとく外れてしまった。


 まあでも、セリがいきたいというのなら止める理由はない。

 それに、後半には超有名プレイヤーがプレイするということで、俺も少し気になっていたところだ。



「じゃあ行くか」



「行きましょう」



 二つ返事で俺とセリは椅子から立ち上がり、コンテストブースへと足を運ぶ。

 ブースの周囲10メートルくらいは既に人で埋め尽くされており、いくらモニターが高い位置にあるからとはいえ、160センチに満たないセリの伸長ではあまり見えなさそうだ。



「もう少し前に行く?」



 と尋ねる俺に、セリは無言で首を横に振った。そしてそのまま、セリはモニターの画面に視線を向けた。


 既に現在のプレイヤーのタイムアタックは終わる直前で、俺とセリがモニターを見始めてから数分もしないうちに終わってしまった。

 ぎりぎり10位に入れないそのタイムに、辺りからは溜め息や嘆声が聞こえてくる。



「じゃあ、行きましょう」



 おもむろにセリが口を開き、踵を返して歩き出す。

 どこに?と戸惑う表情を浮かべた俺に返すように、セリは鞄から一枚の紙を取り出した。



「トオルさん、頼りにしてますよ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネト充の歩き方 竹千代 @peanet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ