第2話 ネットとリアル




 2年前、VRゲームが初めて発売された。視界全てを覆うそのグラフィックはこれまでのゲームとは比較にならないくらい繊細かつリアルで、ゲーム業界が新たな時代に突入したと言っても過言ではなかった。


 だが、それから約半年。無名だった企業が発表した『Re Story』、通称『ReStリスト』と呼ばれるゲームによってこれまでのVRゲームは化石となった。




 ReStのウリは何といっても、ゲームと五感とを完全にリンクさせるユニオンシステムを搭載した新世代VRゲームであること。

 例えばゲーム内で何かを食べると味を感じるし、攻撃を受ければ痛みを感じる。腕も足も自分の思い通りに動かすことができ、まるで自分がゲームの世界に入ったように、いや、むしろそこがあたかも現実世界であるかのように錯覚する。


 だが、それだけじゃない。ReStの絶対的な自由、それを可能にしているもう一つのシステムがAIによるゲーム世界の自動生成機能だ。

 ダンジョンもモンスターもアイテムも、ゲーム内の全てがAIによって生成され、それは開発会社であっても知る由はない。誰かが見つけるまでは何もかもが不明で、今この瞬間に誰も見たことのないアイテムがReStのどこかに生成された可能性だってある。


 そんな絶対的な冒険性が保証されたReStだからこそ、誰もがまだ見ぬ宝を求めて冒険に熱中する。今やReStのアクティブユーザーは全世界で数十億人にも上り、商売をして億万長者になるプレイヤーもいれば、奇跡の料理を作ろうと試行錯誤しているプレイヤーもいる。

 現実世界以上に自由な生き方を可能にする。そんなReStは瞬く間に世界の人々を虜にした。



 そして俺もその一人だった。






「いらっしゃいませー」



 と言う誰かの言葉に、俺はモップを動かす手を止めることなく、とりあえず『いらっしゃいませー』と言葉を重ねた。

 通勤・通学のピークが過ぎ去った午前10時過ぎ。雑誌の立ち読み客を時折眺めながら、稀にしか来ないお客様を待つコンビニ店内はいつも通りの退屈な日常だ。




 子供の俺から見た34歳と言えば立派な大人で、どっかの企業でそれなりの役職につきつつ、子供も生まれて順風満帆な人生を送っている年齢だった。

 だが、現実はと言うと定職にも就かず、コンビニのアルバイトで何とか生活をしている冴えないおっさんだ。言うまでもなく、結婚相手なんているわけもない。きっと俺が逮捕された時には、自称アルバイトの男とテロップされるのだろう。




 コンビニの窓ガラスに大々的に張られたReStのイベントポスター。そのポスターを眺めながら、俺はフーっと鼻から長い息を吐いた。


 何でもグッズ販売やフレンド作りコーナー、ほかにも色々あるみたいだが、俺の目的はこのイベントで配布されるReStのレアアイテムただ一つだ。当然、イベントそのものを楽しもうなんて気はなかったし、一人で参加しアイテムをもらうだけの予定だった。


 そう、昨夜(今朝)セリに誘われなければ……。



「トオル君、何仕事さぼってんの?」



 そんなことを考えていると、不意に冗談交じりの声が俺の名前を呼んだ。



「もしかして、また徹夜でゲーム?」



 そう尋ねた女性、もとい田淵 由香が呆れたよう俺に笑いかける。

 俺と同じくこのコンビニで働いている、いわゆる同僚というものだ。年齢はおそらく30くらい。年相応の皺がわずかに目に着くが、薄い化粧と整えられた身だしなみは人妻という気品を感じる。



「いや、はは。まぁそんなところです」



 正確な年齢は知らないが、おそらく俺の方が上だろう。だが、アルバイトを始めた時から田淵が俺に対してタメ口で話してくるせいか、いつの間にか田淵>俺という上下関係になっているらしい。

 まぁ、人生のレベルにおいては田淵の方が先輩か……。と勝手に解釈し、レジで暇そうにしている田淵に愛想笑いを返す。



「男の人ってほんとゲーム好きよね。うちの旦那も今日が休みだからってずっとゲームしてたもの」



「いいじゃないですか、田淵さんの旦那さんはしっかりと稼いでるんで」



 その言葉に田淵は返す言葉がないようで、バツが悪そうに苦笑いを浮かべた。

 そんな様子の田淵に、俺もしまったと少し後悔する。



「……まあ、社会現象になるくらい人気だものね」



 そんな微妙な空気を察したのか、田淵は窓に張られたポスターに視線を移して話を振った。



「で、トオル君はどうしてそんな難しい顔してるのよ?」



「え……いや、わざわざ田淵さんにいうことでも無いっていうか」



 と、一応否定するが、『お姉さんに話してみ』なんて大人ぶった表情の田淵が俺を見透かす。興味本位なのか、面倒見がいいのかは謎であるが、田淵の表情は見るからに楽しそうだ。

 まぁどうせ暇だしな、と客のいなくなった店内を見回し、俺は田淵にその一部始終を話した。






 *   *   *   *   *






「うーん、まぁいろいろ言いたいことはあるんだけど……。まずは何でフリーターのトオル君があの大企業で働いてることになってるわけ?」



 田淵は必死に笑いをこらえながら俺に尋ねた。



「いや、急に『仕事何してますか?』って聞かれたらテンパるじゃないですか。コンビニでアルバイトって言うわけにもいかなくて……」



「で、すぐ傍にある超大企業様の名前を出しちゃったってわけ」



「まあ……要約するとそんなところですね」



「ふーん、そうやって純粋な高校生を騙すんだ~」



 と、田淵が少し悪い顔をした。


 セリと出会ってから1年。セリの中で俺は今も大企業の社員様だ。

 勿論、俺だって騙すつもりは微塵もなかった。ただ、一度言ってしまった以上、実は無職ですなんてことも言えず、ずるずると大企業の社員として嘘を塗り固めていっている。



「まあでもいいんじゃない?ばれなければ。それに、その……セリ君だっけ?その子も女の子だったらいろいろ問題あるかもしれないけど、男の子なんでしょ?」



「そうなんですけど……でも俺32ですよ?自分の半分くらいの歳の子と一緒にイベントっていうのもなぁと思って。それに現実では一回もあったことないですし」



「それに無職だしね~」



 田淵の冷酷なツッコミに俺の口が独りでに閉じる。

 そんな俺に反して、笑顔を浮かべる田淵はそれはもうご機嫌な様子だ。



「で、どうするの?」



 と、田淵は穏やかな表情で俺に尋ねる。


 セリが邪魔だからと言って、俺がこのイベントに行かないという選択肢はなかった。それを分かっていたのか、田淵は『行けば?』と単純な一言を俺にかけた。

 いつも俺のことを小馬鹿にするが、何だかんだ最後には背中を押す言葉をかけてくれる。そんな田淵はきっといい奥さんなのだと俺は思う。



「そっすね」



 と、温かく見守る田淵に俺は笑顔で答えた。






 *   *   *   *   *






 国際展示場駅を出て会場へと歩いていく。日本だけでも相当のアクティブユーザーがいるためか、まだ開場すらしていないというのに会場へと続く道は多くの人で賑わっていた。

 加えて、7月の太陽にさらされた熱気は燃えるように暑く、電車内でも人混みに揉まれ続けた俺の体力は既に尽き果てようとしていた。


 それでも、何とか待ち合わせ時刻に遅れないように最後の力を振り絞り、待ち合わせ場所へと歩を運ぶ。




 現実のセリ君はどんな感じなんだろう。やっぱりReStのキャラデザみたいなイケメンなのだろうか?いやでも、メガネでぽっちゃりのTHE・オタクって感じの方が俺としては話しやすいなぁ……。

 てか高校生と現実でどんな話をすればいいんだろう。気まずくならないといいけどなぁ。やっぱり流行りのアーティストとかテレビの話題を準備していたの方が無難だろうか……。


 なんて少し不安になりつつ、昨夜ReSt内で教えられた格好の少年を探す。とは言え、こんな炎天の下、『白い帽子』なんて漠然過ぎる特徴を持った人なんていくらでもいるわけで、伸長とか服装とかもっと細かいところまで聞いておけば良かったと後悔した。



「この辺りのはずなんだけど……」



 時計の針はちょうど待ち合わせ時刻を指し示す。

 待ち合わせ場所であるはずの位置まできて、俺は足を止めて辺りを見回した。すると、数メートルほど先に、白い帽子を被ったいかにも爽やかそうな青年が歩いているのが見えた。



「おーい、セリ君!」



 いつもの癖か、少し遠くからその名前を呼んでしまう。が、こんな屋外で俺の声がその青年まで届くわけもなく、俺の近くにいた人たちの視線を集めてしまった。


 一瞬にして俺は注目の的となる。

 とは言え、その視線の先にあるのはただの冴えないオッサンだ。それが分かったとたん、俺に向けられた視線は、数秒としないうちに元の場所へと戻っていった。




 二つの瞳を残して。




 質素な飾りがついた白いキャップ。その下に隠れたツンと澄ました表情は、レースやフリルのような可愛い服は似合わないなという第一印象を俺に与えた。

 白い肌に施された薄化粧は今風の女子高生をいとも容易に連想させ、瞬きをするたびに切れ長の大きな瞳が存在感を醸し出す。



「こんにちは、トオルさん」



 そう笑いかける彼女の顔は、もし俺が同世代ならきっと一目にして恋に落ちていたに違いない。

 気まぐれな神様が本気を出して作ったのではないかとさえ思えてしまった。



「セリです」



 一呼吸だけ間を取って、彼女はそう言った。

 その声はとても穏やかで、透き通っていて、俺が想像していた『セリ君』の声とは似ても似つかなかった

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