メロウの狙考手

あじその

Merrow Witsniper

 二十五年も続いたカードゲームがあるらしい。四半世紀、その期間が長いのか短いのかもよくわからない。

 君にどんなことがあったのかも僕は知らない。でもまあみんな恋はしてるだろ。多分。


 青春のゾンビだとか言われても僕は小さな恋の話しかしない。それ以外いらない。

 思い出すたび二点のライフを支払う。人生遠回りするのは楽しくて仕方がないよ。

 今から自意識をコストにして強力なクリーチャーを呼び出すね。


 とびっきり可愛くて、とびっきり素直で、とびっきり愛らしくて、とびっきりの淋しがりやで、戦場に出たときにささやかなライブラリー破壊を行う。


 小学生の頃、教室になんて居場所がなかったから放課後はよくゲームセンターに通ってたんだ。

 もちろん毎日ゲームで遊ぶお金なんてなかったから大半は見ているだけだったんだけどそれでも楽しかった。居場所のなさそうな人たちの溜まり場って感じがしたんだ。ちょっとヤニ臭かったけどね。居心地は良かった。

 

 月に五百円くらいのお小遣いを握りしめて安くて長く遊べそうなレトロゲームがいっぱい入った筐体なんかで遊んでたな。

 色々と怪しい存在感を放ってたけど今もあるのかな。


 横スクロールのゲームで穴に落ちて死んで悔しがってるところに声をかけられたんだ。


 今でも忘れられない女の子に。

 夕焼けが落ちてきて世界が終わるんじゃないかって勘違いした日だったな。


「君、いつも楽しそうだよね。良かったら少し話さない」

 そう言って声をかけてきたのは高校生くらいの女の子だった。

 当時の僕にとっては大人みたいに感じたな。


 音楽ゲームのコーナーでペシペシとボタンを叩いてるのを見た事がある気がする。

 その時もリュックにポップな感じの缶バッチをたくさんつけていたのを覚えている。

 今風に言えばサブカル系ってやつなんだろうか。真っ赤な縁取りの眼鏡がよく似合っていた。


「いいよ。なんの話する?好きな物語の話とか」

 今にして思えば冴えない男子小学生全開の返答なんだけどその時は年上の人に話しかけられたことがとにかく嬉しかったのを覚えている。


 同じ教室にいる馬鹿より僕の方がずっと大人になれた気がして。


「物語かあ。そうだなあ。私は世界が滅びちゃう系のやつが好きだな」


「ええ、怖いじゃん滅んじゃったら死ぬんだよ」

 僕がそう答えると冗談っぽく笑ってゴメンゴメンと優しく頭を撫でてきた。


 たまたま会って一言二言他愛もない話をする。そういう事が何度か続いた。

 僕はいつの間にかゲームそのものよりも彼女に会えるかもしれないって事が楽しみになってたな。学校をサボってゲーセンに出向くことも増えた。

 そのことについて彼女からは何も言われなかったのが嬉しかった。


 本当に他愛もない話をした。

 最強の昆虫はなんだとか、黒板消しの匂いが好きなことだとか。


 彼女は笑って聞いてくれた。

 彼女自身の話を聞こうとすると曖昧にはぐらかされてしまってたんだけど。


「兄貴が集めてたんだけどさ。もう辞めるからやるよって。もらったんだ」

 ゲーセンの表にある休憩所で五十円くらいで投げ売られていたよくわからない缶ジュースを飲みながら彼女は何か取り出した。


 それは当時流行ってたトレーディングカードゲームってやつだった。

 見せてもらったけど英語のやつとかもあってよくわからなかった。

 綺麗な夕焼けの描かれたカードを気に入った気がするな。

 なんというか彼女によく似合っている気がして。


「私も遊びかたとかよくわかんないんだけどね。絵がかっこいいよね。これとかさ」

 そう言って彼女が取り出したのは正直に言って気味が悪いと思ってしまうようなカードだった。つぶらな瞳の魚人が描かれていた。


 僕がなんだこれって表情をしていると

「これはね私の分身。君にあげるね」

 そう言っていつもより寂しそうに笑った。


 次の日から彼女はいつもの場所に現れなくなった。


 会えなくなってから僕の中で彼女の存在がどんどんどんどん大きくなっていったんだ。

 中学に進学するまでの二年くらい毎日ゲーセンに通ったな。それ以外の手がかりがないから。


 思えば僕は彼女のことを何も知らなかった。いつも僕の話ばかりを聞いてくれたから。

 少し不器用に笑うこととか、雨の日の匂いが好きなこととか、世界の終わりを待っていることとか。そんなことしか知らない。


 中学校に入って身の回りの環境の変化で忙しくなってからはゲーセンに行く頻度も少しずつ減ってきた。

 彼女の顔もぼんやりとしか思い出せなくなっていく。


 だから僕は絵を描くことにしたんだ。頭の中にある彼女の姿を完璧な形でトレースするためにね。


 幸か不幸か他にやることのなかった僕には絵を練習する事がなんの苦にもならなかった。

 多分メキメキと上達していったって言えるんだろうな。

 反比例して人間関係みたいなものが失われていったんだけどどうでも良かった。

 キャンパスの中の彼女が笑ってくれる。それだけで良かったんだ。


 また何年か経って少しは納得のいくものが描けるようになった。

 曖昧な記憶の中の映像の断片を集めたモンタージュのような作品だった。


 この絵をインターネットに公開して広い人たちの目に触れさせたら彼女やその近辺の人から連絡が来たりするんじゃないかと考えた。

 僕の人生の大半を優しく奪ってきた犯人に対するささやかな抵抗だった。

 

 本音を言うとまた会って話がしたいってだけのことだったんだけど。


 彼女の分身として生み出した絵には彼女の分身としてふさわしい名前をつけた。

 最後にもらったつぶらな瞳の魚人の名前を。


 しばらくするとSNSに投稿した絵にたくさんのコメントがついていた。

「昔好きだった人に似てる」

「会ったこともないけど知ってる人」

「私の愛した真夏の死神」

「いつか映画か何かで観た気がする少女」

「私の分身」


 なんとなくまたあのゲームセンターに行かなければならないな、と思ったんだ。

 また会える気がしたから。

 またあの場所で。

 またあのくだらない話を。

 またあの少し寂しそうな笑顔を。

 また、また。


 長い間引きこもっていたツケで髪もボサボサだし服もゆるゆるのスウェットくらいしかなかった。

 とりあえず外に出るための服をネットで買ったんだ。

 

 勇気を出して美容院にもいったよ。招かれざる客ではないかって怖がってたんだけど、美容師さんに

「好きな人に会いにいくんです」

 と一言告げると

「最高ですね」

 と真摯に向き合ってくれたのが嬉しかったな。


 髪を切ったその足でゲームセンターに向かった。

 最近は絵に没頭していたので何年も行っていなかった。

 でも体は完全完璧に覚えている場所だ。

 歩いてる最中は嬉しかったり恥ずかしかったり不安だったり、いろんな感情が混ざって心に心地よい痛痒さがあったな。


 たどり着いたらそこは墓地だったんだけどね。


 理解できなかったよ。

 急いでスマートフォンで検索をかけようとしたんだけど何回も行ったはずの場所なのに名前も住所も思い出せなかった。


 呆然と立ち尽くして色々なことを考えた。

 記憶の中のゲームセンターだなんて始めから存在しなかったのではないか、とか。

 そもそも彼女の記憶自体が僕が捏造したまがい物ではないのか、とか。

 誰かに聞いて確かめようにも彼女以外の人間関係も過ぎ去った時間も修復することは不可能だった。


 誰も触れない二人だけの国ってやつは誰にも触れられることのないまま崩壊したんだ。


 水汲み場のベンチに腰掛けて呆然と空を眺めていると不意に後ろから声をかけられた。

「君、いつも寂しそうだよね。良かったら少し話さない」


 振り返るとあの時と寸分も変わらない姿で彼女が立っていた。

 それを見た僕はああ夕暮れ時みたいに優しい笑顔だなと思った。


 それから他愛もない話をしたよ。

 最強の昆虫はなんだとか黒板消しの匂いが好きなことだとか。

 彼女は笑って聞いてくれた。


 もっとやるべきことがあるのはわかってたんだけどね。それだけで良かった。

 この思い出があればこの先一生生きていけるな、なんて考えていた。


 彼女はひとしきり笑った後に一言

「覚えていてくれてありがとね」

 と言ってまた笑った。


 夕焼けに照らされるみたいに世界の輪郭がぼやけていくのを感じた。


 そのまま僕は気を失った。


 家の布団の中で目を覚ました。

 なんとなく北を向けていたはずの枕が南向きになっていた。


 記憶がぼやけていく感覚と寄る辺もない喪失感に呆然となる。

 部屋の片隅に身に覚えのないイーゼルが置いてあることに気がついた。


 一枚の絵が立てかけられていた。


 そこに描かれているのは困ったなあって顔で笑う出会った事もない女の子だった。


 その曖昧な表情を見ていると僕は懐かしくて嬉しくてちょっと寂しくなって、少しだけ泣いてしまったんだ。




メロウの狙考手/Merrow Witsniper (青)

クリーチャー マーフォーク/ならず者

メロウの狙考手が戦場に出たとき、プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーは、自分のライブラリーの一番上のカードを自分の墓地に置く。

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メロウの狙考手 あじその @azisono

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