札幌館の味噌カレー牛乳ラーメン

 今日は、僕の親友の話をしたい。

 僕が弘前に住んでいたある日、夜の七時に電話がかかってきた。

 同じ人文学部経済経営課程で、よく飲みに行っていたタカギだった。

「ドライブに行かないか」

 いつものように電話越しにそう聞かれ、僕は間髪入れずに「行く」とだけ答えた。

 昼食はいつもより遅くに近くの生協で済ませていたので、夕食は食べていなかった。

 僕はすぐに着替えてアパートを出た。

 僕たちの待ち合わせは、いつもアパートの目の前にある自販機だった。その年は積雪量が多い年で、あたり一面真っ白で何も見えなかったが、自販機の明かりだけは、街頭のない夜道を照らしていた。


 五分ほどしてタカギがやってきた。乗ってきたのはマツダの青いデミオだった。タカギはマツダ信者だが、雪国は四駆でないと滑って厳しい。僕たちは青森空港付近で崖下に落ちそうになって死にかけた経験があるから、よけいそう思う。

 タカギは普段は車は常用しておらず、登校にはもっぱらマウンテンバイクを利用している。聞くと、別件でレンタカーを借りたので、せっかくだからということだった。

 タカギみたいに、ふらっと誘ってくれる友人は最高だ。そして、夜のドライブはテンションが上がる。


 外にいて耳がもげそうなほど寒かったので、暖房がガンガンにかかった車の中は天国だった。すぐに手をこすり合わせ、生きた感覚を取り戻す。車内には、僕たちが共通の趣味にしているアイドルマスターミリオンライブ(通称ミリマス)のメドレーがかかっていた。

 車を走らせ、すぐに目的地が決まる。今まで、青森県にいて一度も食べてこなかった芽衣さんを食べに行きたい。そうだ、今日は青森市に“味噌カレー牛乳ラーメン”を食べに行こう。


 僕たちがいつも話すことは決まってアイドルマスターの推し活についてだった。アイドルマスターはミリマスの他に、初代、シンデレラガールズ(デレマス)、シャイニーカラーズ(シャニマス)、サイドM等、主要なものでもこれだけあるが、二人ともいくつか兼任してるので、話題には事欠かなかった。

 ちなみに、タカギの推しはミリマスの桜守歌織さんで、僕の推しはデレマスの鷺沢文香ちゃんだった。

 後は勉強のこととか、今後のこととか、二人で将来について語り合った。


 弘前から車を一時間近く走らせ、国道七号バイパス沿いにある“札幌館”に着いた。ここは、青森の名店である、“味の札幌 本店”が源流らしい。

 内装は木の暖かみが感じられる、ロッジ風の作りになっており、厨房を囲むように配されたカウンターと、座敷の四人掛けテーブル席がある。席数としては六十席ほどだ。

 僕たちは何も言わずに“味噌カレー牛乳ラーメン”を注文した。運転の労力と、ガソリン代を全部タカギに負担してもらうのは申し訳なかったから、二人分のラーメン代は僕が払った。タカギもすんなりと応じてくれた。


「それにしてもさ、味噌バター牛乳ラーメンって何なの?」

 席に座って開口一番、僕は今まで黙っていたことを口にした。

「俺にも分からん。美味しいんだろうか」

 僕たちは不安になってきた。そして、そんな奇妙なチャレンジを深夜テンションのノリで決行する自分たちが面白くなり、大きな声で笑った。


 頼んで数分でラーメンがやってきた。色味は味噌ラーメンだが、ところどころスパイスが浮いており、スープが黄色に近い茶色をしている。そして驚いたことに、汁の中に四角く切ったバターが豪快に落とされている。湯気から立ち込める匂いも、濃厚な味噌と、スパイスの刺激、そして、乳製品の甘さがほのかに香っている。

 具材は、もやしにチャーシュー、メンマといったシンプルなものだった。

 僕たちはスープを一口飲んだ。

「うひ、うひひひ!」

「まじか……」

 二人で顔を見合わせ、笑う。

「「美味い」」


「正直、ゲテモノを想像していた」

 店員さんには失礼ですけど、“味噌カレー牛乳ラーメン”って字面だけ見るとインパクトあるじゃないですか。

「分かる、俺も味噌ラーメン好きだけど、内心嫌いになるかもってびくびくしてた」

 タカギは北海道出身で、味噌ラーメンオタクである。

「でも、実際に食べてみて、これは相当計算されてる。これはヤバいわ。カレーって強すぎて本来だったら主役感が出るけど、これはカレーラーメンにはなってなくて、スパイスの辛さが味噌ラーメンを引き立ててる」

「そう、牛乳って聞くと疑問符がつくけど、元々あった味噌のコクに追い打ちでコクを追加して、さらにカレーの辛さを和らげてくれる感じ」

 僕は太めのちぢれ麺をすすった。しっかりとコシがあって、もちもちちゅるちゅるしている。しかも、ものすごくスープが絡む。

 タカギはというと、無言で麺をすすっている。僕も負けじと麺をすする。


「邪道かもしれないけどさ」

「うん」

「ラーメンのスープで濃い味を堪能した後に冷たい水で押し流すの、最高じゃね」

「分かる。ループしちゃう」

 僕たちはそう言って、スープと水を交互に飲み続ける。二人とも、スープを最後まで飲み切った。

「背徳感だ」

「満足」

 僕たちは手を合わせてごちそう様と言い、弘前へと帰った。

 

 弘前に戻ると、丁度十時だった。

「風呂いかね」

「いいね」

 弘前にあるアサヒサウナは、二十四時間開いており、男性のみ利用可能になっている。僕たちは、一日の終わりに温泉に入り、ぽかぽか気分のまま家路に着いた。

 大学生らしい、最高の一日だった。


 今は、二人とも社会人になり、どちらも実家のある富山と北海道で暮らしているが、またどこか飯に行きたいな。

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