第12話 宣戦布告

 僕はあかりさんが好き。透子とおこさんは僕を好き。明さんは、透子さんを笑顔にする僕が好き。

 双子姉妹と僕との不思議な三角関係が見えてきて悶々としているうちに約束の日曜日がやってきた。

 あの告白以来、明さんとは直接話していない。今日のことで待ち合わせ場所とかを相談するのにメッセージのやりとりはしたけど。

 

 反対に透子さんとは図書室で今まで以上によく話すようになった。正確には、透子さんが積極的に僕に話し掛けてくる。もちろん仕事に関する内容も多い。だけどそれ以上に雑談が多くなったというか、よほど鈍感なラブコメ主人公でない限り『自分のことを好きだな』と感じるレベルだ。

 実際告白されてるから間違いなく僕を好きでいてくれているんだけどね。


 待ち合わせはこれまでとは違う駅。映画館の近くにカラオケ店もあるけど、ちょっと気分を変えてみようという話になった。

 現在、予定時刻の十五分前。二人の姿は見えない。明さんはもちろん、透子さんだって髪の隙間からチラリと見える顔はまさに美少女。へたに待たせてその間にナンパされたら大変だ。

 二人よりも早く待ち合わせ場所に到着できてホッと胸を撫で下ろす。


「あっ! いたいた。しょうくん、おはよー!」


 大きく手を振りながら現れたのは明さん。学校でも毎日見てるはずなのに、ピンクのミニスカートからスラリと伸びる脚が眩しい。頭には暗めの茶髪を結んだポニーテールがゆらゆらと揺れている。この髪色が明さんの肌の白さをさらに引き立てている。


 まず注目を集めるのは明さん。その美しさを一通り堪能した大衆が次に注目するのは、美少女に声を掛けられた方だ。僕を見てガックリする人、舌打ちする人、リアクションは様々だけど、とりあえず言えることは好意的なものはなかった。


「おはよう。あれ? 透子さんは?」


 同じ家で生活する双子なので一緒に来るものと思っていたので少し困惑する。


「いるよ。ほら」


 明さんが後ろを振り返ると、その視線の先に透子さんの姿があった。

 背中の影に隠れているのもあるけど、何よりその存在に気付かなった理由は


「透子さん、サイドポニーなんだ! 可愛いよ!」


 二人きりの時だけ限定と思っていたサイドポニーだったため、明さんと同じ顔なのに透子さんだとは考えてもしなかった。

 普段から校則を守ったスカートたけで足の露出が少ない透子さんはあわい緑色のロングスカートを履いている。いつも以上に肌が出ていないけど、それがサイドポニーと泣きボクロから漂う大人っぽさを強くしていた。


「デートだから気合を入れたんだって。どう? ウチの妹可愛いでしょ?」


 明さんの気持ちを知っていると、この言葉がすごく意味深なものに感じる。明さんは僕と透子さんに付き合ってほしいのかな? それなら僕を好きと言わず、応援してるとか言ってくれてもいい。

 僕には明さんの真意はわからないけど、透子さんが可愛いのは間違いない事実だ。


「うん。それに負けず劣らず明さんも可愛いよ」


 本命である明さんをしっかり立てた。僕はどっちの彼氏でもない。それなら可愛い双子姉妹を二人とも褒めたって浮気にはならないはずだ。

 悩み過ぎて少し吹っ切れた感もあり、自然と口から褒める言葉出てきた。


「あ、あの。子津ねづくん、お姉ちゃん。早くカラオケに入りませんか? なんだか視線を感じて居たたまれないです」

「ウチの後ろでこそこそ隠れてるからじゃない? 堂々としてればウチらも都会の一部よ」

「お姉ちゃんはその都会の中で輝きを放ってるんです!」


 駅前にはたくさんの人がいて、鈴鳴すずなり姉妹はかなり目立っていると思う。容姿の美しさだけじゃなく、明さんも指摘する通り姉の後ろに隠れる妹の図が注目を集める原因だろう。


「あっ! お姉ちゃんの後ろだから私まで注目されてしまうんですね。子津くんの後ろなら……」

 

 ハムスターのような素早さでスススっと僕の後ろに回ると、ギュっとすそを掴まれてしまった。


「えへへ。これなら安心です」

「……透子さん」

「はい」

「これって、僕は微妙に傷付くんだけど」

「なんでですか! 子津くんは私の命の恩人とも言える存在です」


 遠回しに、僕には華がないって言われた気がするんだけど、透子さんにそのつもりはないらしい。僕が気にし過ぎだね。そうだね。


「ごめんね硝くん。悪いけどそのまま透子をカラオケまで連れてってあげて」

「う、うん。がんばるよ」


 相相合傘の時みたいに左右を美少女に挟まれるのも恥ずかしかったけど、右隣に明さん、背中に透子さんという三角関係も周りから見たら状況が謎で恥ずかしい。

 街の視線を集めながら僕らは目的のカラオケ店に辿り着いた。


***


「では、まずは硝くんに歌ってもらいましょう」


 部屋に入るなりマイクを持ったかと思えば、司会者のように僕に歌を振った。


「いやいや、ここは明さんか透子さんに」


 歌に自信があるわけじゃないし、女の子の歌声を聞きたいというのが本音だ。


「私も子津くんの歌、聴いてみたいです」


 もじもじしながら上目遣いでお願いされると、その期待に応えねばという気持ちになってくる。髪で顔が隠れていたらここまでにはならなかった。サイドポニーが持つ魅力は僕に効果抜群だ。


「わかったよ。アニソンなんだけどまだメジャーな方だから明さんも知ってるといいんだけど」


 僕は社会現象を巻き起こした大巨人アニメの主題歌を入れた。男性ボーカルではあるけどすごく難しい曲だ。ニュース番組で特集されたりもした作品だからアニメを見てなくても曲は知ってくれていると思う。

 イントロが流れ出すと


「あっ! ウチこれ知ってる」

「大巨人ですね。うぅ……アミルン」

「え! 透子どうしたの?」

「大丈夫です。ちょっとアニメを思い出して」


 明さんもこの曲を知っているようだったし、透子さんはアミルンのあのシーンを思い出して涙ぐんでいた。わかる。あのシーンは僕も泣いた。


「タンバリン発見。透子はこれね」

「は、はい」


 マラカスを受け取った透子さんは戸惑っている。この曲、タンバリンやマラカスが合う曲だっけ?


「硝くんバージョンってことでウチらがこれで盛り上げるね」


 シャカシャカと楽器が鳴る中、僕は大巨人の主題歌を歌い上げた。曲に合わないと思ったけど、すごく明るい雰囲気になって僕の歌唱力がカバーされた。


「こんな風にマラカス振るのも楽しいですね」


 透子さんもご満悦まんえつのようだ。曲が終わっても小刻みにマラカスを振っている。


「それじゃあ次は透子ね」

「え? は、はい」


 明さんは積極的に自分から歌うタイプだと思ってたんだけど違うのかな。実際に一緒に遊ぶとイメージと違う一面が見えるからおもしろい。


「私はこれにします」


 透子さんが選んだのは、魔法少女的な朝アニメの主題歌だ。僕らが小学生の頃からやっていて歴史の長いシリーズになる。その中でも一番の人気を誇る初代のオープニング曲を選択していた。


「これ懐かしい。当時クラスでは言い出せなかったけど、実は僕も好きだったんだ」

「硝くんも知ってるんだ? じゃあ二人で歌いなよ。透子はホワイト好きだったから硝くんはブラックね」


 そう言って再びマイクを押し付けられた。もうイントロが終わって歌が始まる。何も言い返せないまま僕は透子さんと熱唱した。


「ありがとうございました。一緒に歌えて楽しかったです」

「僕もヒトカラだと歌うんだけど二人だと盛り上がるね。バトルシーンの作画がすごくてあの強さに憧れてたから、ちょっとだけ夢が叶ったかも」

「最近は男の子も変身したりするんですよ? 誰だって変身できるんです」

「……うん。知ってる」


 憧れていたのは小学生の頃の話。今はただのファンとして見ている。日曜朝は女児アニメの実況で始まるのだ。


「もしかして待ち合わせ時間はもう少し遅い方がよかったですか? あの時間に駅だとリアルタイムでは見られないですよね?」

「平気平気! そんなに命を賭けてるわけじゃないし、二人とカラオケに行く方が楽しみだし」


 これはもう本当にそう思う。アニメは録画して後から見られるけど、美少女の双子姉妹とのカラオケなんてもうないかもしれない。僕は絶好のチャンスを掴んだんだ!


「安心しました。それともしよかったら、今度実況し合いませんか? メッセージで感想を送り合うんです」

「いいね! やろうやろう」


 女児アニメの実況をする約束してテンションが上がる高校生二人を明さんは嬉しそうに見つめていた。


「ごめん。僕らだけで盛り上がっちゃって。次は明さんの番だよ」


 端末を渡すと迷うことなく選曲した。まるで自分の番が来るのを待っていたようだ。


「……歌で告白なんて都市伝説かよっぽどの勘違い男がするもんだと思ってたけど、これがウチの気持ち。聴いてください」


 明さんが歌うのは去年のクリスマスシーズンにCMで使われたラブソングだ。街の至る所で流れていたから僕でも知っている。

 歌詞が透明感のある声に乗せられて僕の心に届けられていく。二人の女の子が同じ男を好きになって、自分はフラれてしまう。でも、好きな人が幸せそうならそれでいいという切ない歌詞だ。まさにこの前聞いた明さんの境遇と同じである。


「硝くん、ウチはこの歌詞の女の子と同じなの。だけど、ウチだって幸せになりたい。もう一歩踏み出したい。だからウチの気持ちを伝えるね」


 僕はごくりと唾を飲み込んだ。隣には透子さんも座っている。この状況で告白されたら逃げ場はない。ここで決断を下すしかない。


「浮気でも二股でもいい。ウチと透子、二人と付き合わない?」

「…………へ?」


 何を言っているか理解するまで数秒を要した。二股でもいいってどういうこと? そんなハーレムアニメみたいな展開あっていいの?


「お姉ちゃん何言ってるんですか!?」


 僕の心を透子さんが代弁してくれた。


「透子は硝くんが好き。ウチは透子を笑顔にしてくれる硝くんが好き。三人が幸せになるのはこれしかなくない?」

「これが一番ないですよ!」


 あまりのド正論に僕は無言で頷いた。不倫報道が多いこのご時世に堂々と二股なんてうまくいくはずがない。


「透子は硝くんと付き合えるんだよ? それで透子が幸せになって、ウチも幸せになる。シンデレラは魔法が掛かっている間も、魔法が解けてからも幸せになれるんだよ?」


 初めから魔法が解けていると諦めていた透子さんに対して、シンデレラの魔法という暗示の力を借りて努力を重ねてきた明さん。魔法に対するコンプレックスは明さんの方が強いのかもしれない。


「……実はね、僕は明さんが好きだったんだ。つい目で追ってしまうけど、話すきっかけもなくて、ずっと片想いだった。それが透子さんをきっかけに仲良くなれて。だけど透子さんの気持ちを知ってから、僕自身の気持ちもわからなくなったんだ」


 一人を選ぶということは、もう一人を選ばないということ。今の関係を壊したくない。ラブコメみたいな恋愛を望んでおいて、いざラブコメ展開になるとビビッてしまった。


「お姉ちゃん、私、子津くんのことが好きです。勉強も運動もお姉ちゃんには勝てないけど、この気持ちだけは負けません。だから私、子津くんにちゃんと選んでもらって、私だけが子津くんの彼女になりたいです」


 僕への想いを語るその瞳はまっすぐ姉を見つめていた。だからきっと、これは愛の告白ではない。姉に対する宣戦布告だ。


「そっか。それが透子の選ぶ道なんだ。ならウチは三人でのハッピーエンドを目指す。硝くんが透子を笑顔にして、ウチは硝くんを笑顔にする。せっかく双子が同じ人を好きになったんだから、こういう愛の形だってアリじゃん」


 二人の意見は真っ向から対立する。そもそも明さんの主張はちょっと世間からズレているんだけど。


「……ごめん。今すぐ答えを出すのは無理だ」


 どっちにしろ僕は透子さんと付き合うことになるんだけど、透子さんだけを選ぶか、明さんと二股を掛けるかという選択になっている。良識的なのは前者だけど、明さんを諦めることになる。


「焦って答えを出さなくても……いいです。私達に気をつかってとかじゃなくて、本当に心の底から私を好きになってもらいたいから」

「ウチも待つよ。硝くんなら絶対に透子を幸せにできるって信じてる。その上で、ウチのことも好きでいてくれるって」


 姉か妹か。という選択から、純愛か二股か。という選択に話が変わってしまった。恋愛初心者の僕にはこの場で答えを出すなんて無理な話だ。


「お姉ちゃん、私達、今日からライバルです」

「いいよ。ウチ、透子とずっとこんな風に戦ってみたかった」


 二人の視線が交差する場所にバチバチと火花が見えそうだった。まるで朝の女児アニメのような熱い展開を尻目に、僕はウーロン茶をストローですすった。

 僕はこれからどうすればいいんだろう。動き出した針はもう止まらない。決断の時はいつか必ずやってくる。

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0時を過ぎたシンデレラ くにすらのに @knsrnn

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