第11話 針は動き出す

 透子とおこさんに告白された翌日、僕は約束通りいつもと同じく図書室へと向かった。

 

「あれは完全に告白だよな……それに」


 この気持ちだけはお姉ちゃんに負けません。


 透子さんから告白されたと同時に、あかりさんも僕を好きでいてくれているという事実を改めて突き付けられた。

 彼女いない歴=年齢の僕がいきなり双子から好きになってもらえるなんて完全にラブコメだ。ラブコメみたいな恋愛をしたいという願いが届いたのか、はたまたばちが当たったのか、とんでもない状況に追い込まれてしまった。


 考え事をしながらゆっくりと廊下を歩いたものの、目的地に向かって進めばいずれは辿り着く。どんな顔をして透子さんに会えばいいかわからない。だけど約束を破るわけにもいかないので思い切った扉を開けた。


「あっ! お、お疲れ様です」


 待ち構えていたと言わんばかりに、図書室に入った瞬間に透子さんから声を掛けられた。


「お疲れ様。今日も早いね」

「……子津くんに……会いたくて」


 上目遣うわめづかいでこんなことを言われるとドキッとしてしまう。今まであまり目を合わせて話すことがなかっただけに、そのギャップも相まって破壊力抜群だ。


「それは、嬉しいというか、何というか」


 もし透子さんが僕の彼女で、他に僕を好きでいてくれる女の子がいなければ素直に喜べるだろう。だけど僕は明さんが好きで、その明さんも僕を好きでいてくれるっぽい。そして明さんと透子さんは双子の姉妹で……。僕がどう振舞ふるまっても三人全員が幸せになる道が思い浮かばない。


「昨日は突然すみませんでした。でも、ちゃんと気持ちを伝えないとお姉ちゃんに負けそうな気がして」

「僕の方こそ、あのまま解散になっちゃってごめん。ビックリして何も言えなくて」

「…………」

「…………」


 お互いに見つめ合ったまま沈黙が流れる。ここで気の利いたことを言えないのが僕の悪いところだし、ラブコメ展開にうまく乗れないところだと思う。


「そうだ」「それと」


 沈黙を破った僕と透子さんの言葉が重なった。変なところでタイミングが合ってしまい余計に気まずい空気が流れる。


「透子さんからどうぞ」「子津ねづくんから先に」


 またも声が重なり合う。お互いに譲り合うけどそれではいつまで経っても話が進まない。


「よし。じゃあ僕から話すけど、いいかな?」

「はい。私達、放っておいたらいつまでも譲り合いそうですものね」


 二人とも自分から動き出すタイプではないけど、恋愛絡みでなければ僕は透子さんよりかは先に動き出す。男子のプライドみたいなものがあった。


「僕、明さんと勝手に約束して遊びに行くことになってるでしょ? そこに透子さんもいるわけだけど、三人ならどこがいいかなって」


 せっかく三人なのに映画というのも味気ない。結構好きなものが共通してるみたいだけど、タイプの違う明さんと透子さんが同時に楽しめる場所が思い浮かばなかった。


「そうですね。家では本の貸し借りをしたり、よくテレビを見たりするんですけど、外に出掛けることはあまりなくて。お姉ちゃんは目立つので、一緒に歩くと私まで注目されるみたいで恥ずかしいんです」


 その気持ちはわかる。明さんみたいな美少女と一緒だと自分の平凡さが悪い意味で際立つというか、『なんであんなやつが一緒に?』みたいな視線が突き刺さって辛い。


「そしたらカラオケなんてどうかな? 二人がどんな曲を歌うか気になるし」


 ちなみに僕はアニソンしか歌えない。それも女性声優ユニットの曲とかだから僕の下手さが際立つ。それでも仲間内で披露する分には楽しめる。


「お姉ちゃんはたまに友達と行くみたいですけど、私はあまり自信はないですね。曲も……CMで流れる部分しかわかりませんし」

「僕だってそうだよ。アニソンならフルでわかるけど」

「ふふ。つまりそういうことなんですよ。私がカラオケに行かないのは。子津くんとなら楽しそうです」


 アニソンに強くなるほど世間一般の流行曲に疎くなる。もちろん両方詳しい人だっているけど僕らは違う。透子さんがカラオケを嫌がる理由はこれじゃないかと思ったけど当たっていたようだ。


「あとは僕が、いかにも明さんと約束してたみたいに誘えばいいね。学校で自分から明さんに話し掛けるのちょっと緊張するな」

「わかります。いつも知らない人に囲まれていて……。だから私、お姉ちゃんに用事がある時は一回メッセージを送ります」


 姉妹ですら学校での明さんに壁を感じているんだから、僕みたいに男にはその壁がさらに厚く高いものに感じる。


「がんばってください。お姉ちゃんにサプライズできるのは子津くんだけです!」


 ふんっ! と力を込めて応援してくれるけど、明さんにサプライズをする男はこの世にたくさんいると思う。


「タイミングを見計らって話し掛けてみるよ。同じクラスだし」


 人気者の明さんの近くに誰も居ないタイミング、あるのかな。考えると不安はあるけど透子さんと考えたサプライズを絶対に成功させたかった。


***


 図書室で透子さんに応援してもらってから三日が経った。もう木曜日。明さんの周りにはいつも僕と関わりが薄い人達が集まっていて近寄りがたい。特にデートの一件があってから僕を明さんから遠ざけるような動きすら感じる。


「透子さんが学校内でメッセージを送りたくなる気持ちもわかるな」


 ひとり言のようにつぶやいて、自分も同じようにしようと決心が付いた。なんとなくタイミングが合ってそこで……なんて妄想してる場合じゃない。


『昼休みか放課後、カラオケの件で相談があります』


 もうカラオケに行く約束はしてるよね? みたいなノリでメッセージを送る。明さんはスマホを手にしてないから当然返信はない。

 自分からメッセージを送ったのは初めてかもしれない。明さんのことだから返信はくれるだろうけど、ものすごくドキドキする。今日は首筋ではなく、その長くて綺麗な指を注視してしまっていた。


 いつ明さんがスマホを使うか注目していたらいつの間にか昼になっていた。最近の女子高生にしては珍しく、僕が見る範囲ではスマホを取り出していない。僕が送ったメッセージにも既読が付いてない。


「まあ放課後までには見てくれるだろ」


 そう信じて購買にパンを買いに向かった。

 僕の教室から購買までは結構な距離がある。階段を降りて校舎の端から端まで歩く。なんで真ん中に購買を作ってくれなかったんだろ。

 授業が早く終わりでもしない限りはカツサンドを買えないので、あえてゆっくり行って残り物を日替わりメニュー気分で選ぶことにしている。今日はわりと当たりでカレーパンを買えた。


「やっほ!」


 小さな幸せで心がほくほくになっているところにいきなり明さんが現れた。


「ビックリした?」


「うん。突然出てきたから」

「そういうんじゃなくて、運命を感じた的な」


 あの後メッセージを見てくれたのかと思ったけどやっぱり既読は付いてない。もしかして本当に偶然、明さんも僕と話したくてここで待っててくれた?


「なんてウソウソ。実は通知で一瞬だけメッセージが見えたの。それを未読スルーして、ここで待ってたってわけ」

「全然スマホを触らないからこのままスルーされるのかとヒヤヒヤしたよ」

「ふーん? ずっとウチのこと見ててくれたんだ?」


 違わないけど反射的に違うと答えた。いくら好意を抱いてくれているとは言え、ずっと手元を見てたなんて言われたら気持ち悪いだろうし。


「ところでカラオケって何? ウチ、そんな約束してたっけ? 勘違いでもウチは大歓迎だけど」

「ああ、その約束って実は……」


 透子さんに扮する明さんが勝手に本を貸す約束を取り付けていた仕返しに、僕と透子さんが共謀して明さんにサプライズを仕掛けたことを説明した。


「へえ。透子がそんなことを」


 僕らの計画に呆れるでも怒るでもなく、明さんは嬉しさを隠しているような、少し口元が緩んでいた。


「この前のデートのこと、実は透子から聞いてるんだ。一緒にペンギンを見たことも、胸を触ったこと、告白したことも」

「ええ!?」


 同じ屋根の下で暮らすから多少の情報共有はあると思っていたけど、まさかここまで共有されているとは。事故とは言え妹の胸を鷲掴わしづかみにした男を追及しないのは優しさなのだろか。


「だけど、そのサプライズのことは何も言ってなかった。言ったらサプライズじゃなくなるんだけど、ウチに隠し事なんて、透子も成長したなあ」

「へえ、お互いに秘密とかないの?」

「ないって言ったらウソなのかもしれないし、知らないことだってあるよ? だけど、こういう風に透子からサプライズって初めてだからビックリしちゃって」

「それじゃあ作戦は成功ってことなのかな? 透子さん喜ぶよ」


 僕とならうまくやれそうと言ってくれた透子さんに良い報告ができそうだ。


「ねえしょうくん。もしウチが胸を触らせてあげたらウチのこと好きになってくれる?」

「へ?」


 何を言われているかよく理解できなかった。僕は元から明さんが好きだし、胸を触らせてくれるなら触りたいけど、話の流れが急すぎて脳が追い付かない。


「自分でもよくわからないんだけど、透子と仲良くしてくれるからウチは硝くんを好きになったみたい。こんな好きになり方ってあるんだって自分でも驚いてる」

「……それってつまり、僕が明さんだけを好きになったら、明さんは僕を嫌いになるってこと?」

「嫌いにはならないよ。でも、透子を笑顔にしてくれる硝くんが私は好きなんだって。今のサプライズでようやく気付けた。透子が喜ぶって言った時、硝くんの笑顔も素敵だった」


 好きな人に笑顔を褒められた。こんなに嬉しいことはないはずなのに素直には喜べなかった。透子さんのために動けば妹経由で姉の好感度が上がる。当初の計画通りだ。だけど、それでしか明さんの好感度を上げられないとしたら……。僕と明さんは二人で幸せになることはできない。


「あはは。ごめんね。変な空気になって。ウチは日曜なら空いてるから、カラオケはその日なんてどう? 透子と予定合わせるならウチがやっておくし」

「そうだね。透子さんには放課後伝えておくよ」

「ウチ、友達待たせてるから。また連絡ちょうだい」


 明さんはいそいそと去っていった。近付いたと思ったその背中がみるみるうちに遠くなっていく。

 

「世の中にはいろんな好きの形があるけどさあ」


 妹を笑顔にしてくれるから好きって、僕は一体どうすればいいんだ。

 透子さんと付き合っても楽しいと思う。だけど、心のどこかで明さんの存在が引っ掛かり続けるだろう。

 これはまるで呪いだ。0時になったら解ける魔法を掛けられたシンデレラが時計を気にし続けたように、僕は透子さんと一緒にいる時、常に明さんの顔がチラつくだろう。


 そう遠くないうちに結論を出さないといけないのかもしれない。シンデレラの魔法が解ける0時に向けて針は動き出した。

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