【エピローグ】

「ビィックシーン!」

彼のくしゃみで、私は一年前のあの事件の回顧から、現実に引き戻された。

小野くんは、おもちゃを壊してしまったという顔でこちらを見ている。

「起こしちゃってごめん。」

口を隠して小さなあくびをする。

「こちらこそ。少し寝ちゃったみたいね。」

ゴンドラの窓から外の景色を覗く。外には、夕焼けに照らされたジェットコースターのレールやフリーフォールなどのアトラクションが見える。上に上がっていくにつれて、遊園地の外の駐車場やショッピングモールが見えるようになる。そういえば、観覧車に乗ったんだった。高さからして、居眠りした時間は数分といったところか。小野君が席に深く腰を掛けなおし、私に向き直る。それに合わせてゴンドラが揺れる。

「私立受験の勉強、大変そうだね。」

私の欠伸をみてそう思ったのだろうか。

「勉強じゃないわ。遅くまで動画見てたの。」

「動画見てたんだ。ユーチューバー?」

「興味ないわ。適当に眺めてただけ。」

本当は今日のお出かけに着ていく服に悩んでいたなんて、口が裂けても言えない。

ふうん、とこちらの顔をみて、彼は無邪気に言い返す。

「見てみると、案外面白いかもよ?」



そんな話をしている最中も、ゴンドラはゆっくり揺れながら頂上へと昇っていく。

「もうすぐで頂上だ。」

彼がそわそわしながら、ちょこんと座る姿を見て、私は思わず深いため息をつく。

「こんなことになるなんて想像もしてなかった。」

小野くんは頭を掻いて困ったように笑った。

「ぼくも同感。感謝しなくちゃね。」

彼は窓枠に肘を乗せて頬杖をついた。

「岩井が上手くやったから、今のぼくたちの関係があるわけだからねー」

太陽に薄い雲がかかり、ゴンドラが次第に暗くなっていく。胸になにか、少し引っかかる。

「岩井さんが上手くやった? あの子が失敗したからの間違いでしょ。」

本来私の計画通りであれば、岩井さんは小野くんだけを閉じ込めなければならなかった。今更そこについて彼女を責め立てる気は更々ないが、なんだか癪に触って言い返してしまった。

ああ、と小野君はつぶやき、不敵な笑みを浮かべた。

「そうか、成実ちゃんからすれば失敗か。でもそれは仕方のない話だね。」

夕焼け色の太陽が雲に隠れて、薄暗い闇が一瞬訪れる。

「だって彼女は、ぼくの計画を全うしたんだから。」

身の毛が逆立つ。

「なーんて、ね。冗談冗談。」

雲は通り過ぎ、再び橙色の光がゴンドラ内を照らす。小野君は眩しそうに外の風景を眺めている。私もつられて外を見る。夜なのか夕方なのか、はっきりとしない夕闇が窓の外に広がり始めていた。


〈完〉

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人はみな、夕闇に揺れる かもめ @seagull9013

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