みんなで花園

賢者テラ

短編


 私は学校はあまり行かない

 出席日数が足りないと勧告されて

 いやいや登校してきたけど

 やっぱり我慢の限界だ

 私はカバンをかついで教室を出た



 クラスメイトは何も言わない

 だって

 私がキレたら何をするか分からないから

 さわらぬ神にたたりなし——

 誰もが私の機嫌を取る

 甘い口当たりのいい言葉をつかう

 いじめられるのが怖いやつはペコペコへつらう



 すべて空疎な言葉

 中身のないはりぼての言葉

 自分勝手な理屈なのは分かっているよ

 自分から人を攻撃しておいてさ——

 真剣に私のことを思ってくれる言葉をかけてほしいなんてね

 私のこと愛してほしいなんてね


 


 親は離婚の危機にある

 父は会社で仕事が思うように行かずに荒れている

 母はそんな父のふがいなさをののしり悪態をつく

 家がそんなだから娘の私はグレる

 物が飛び交う

 時には誰かが当たって怪我をする

 何だよこんな家

 生まれてきて損したよ

 私は手近にあった灰皿を母親に投げた

 正直殺意すらあった

 当たったのは背中で大事にはならなかったけど

 母は近所迷惑になりそうな大声で泣いた



 私は人を泣かすために生まれてきたかのような錯覚を起こす

 だって小さい頃から高校生の今までそればっかりだから

 親も友達も

 気に入らなければ何でもブチ壊す

 楽しくてやってんじゃない

 人を傷付けた後いつも自分が死にたくなる

 楽しくないのにやっているうちは私はまだ人間なのだろうか

 これが楽しくなってきた時

 本当の終わりがくるのだろうか


 


 私が校舎を出て校門前の花壇を横切ろうとしたら——



「よぉ」


「何だよ あたしゃ忙しいんだよ。見て分からね?」


「どうだい。今年もきれいに花咲いたろ?」


「……あんたゼンゼンッ人の話聞いてねぇだろ」


「あ、ちょっとそこのスコップ取ってくれる?」


「だ・か・ら! な~んでアタシがそんなこと——」



 結局私は言われたとおりスコップを拾って渡す

 人の頼みを素直に聞くなどということは 私には珍しいことなのだ



 彼は一応私のクラスメイトで名は生田(いくた)

 コイツだけは私は苦手だ

 私が唯一攻撃の対象外に認定している相手

 彼はかなり変わり者だ

 オタクと言っていい

 空気読まないやつで友達づきあいをしない

 彼のトモダチは植物

 植物に関する知識は恐らく博士級だろう

 四六時中植物の世話を焼いているようなヤツだ

 今じゃ学校の花壇の手入れは彼が一手に引き受けている



 過去に一度私はそんな彼を馬鹿にして

 こんなものこうしてやる!

 そう言って花壇の花をかかとで踏みにじってやったことがある

 その瞬間彼の顔が変わった

 今までにあんな怖い顔見たことなかった

 人から恐れられてばかりきた私が始めて人を恐れた

 彼は私に飛びかかってきた

 私は皆から恐れられるほどのいじめっ子だったからケンカは強かった

 反対に彼はひ弱だ



 花を殺すやつはゆるさない——

 私は怖くなった

 相手が強いからじゃない

 これ以上したら死ぬのは相手なのに

 それでも必死で向かってくる

 私に対して命をかけて向かってきたやつは初めてだった

 全身全霊で怒ったやつは初めてだった

 私は彼を半殺しにした

 途中教師の介入があって二人は引き離された

 肉弾戦としての勝負には勝ったがホントの敗者は私だった

 私は泣いた

 長いいじめっ子人生の中で

 私は初めて他人に泣かされた



 だからコイツだけは苦手だ

 こっちの調子が狂う

 ほんとに何もあとに引かないサッパリしたやつで

 現に今ケンカのことなんか忘れたかのように話を振ってくる



「今から水やるから、水道の蛇口ひねってよ」


「何であたしがぁ~」



 とうとうガーデニングの手伝いまでさせられるハメになった

 私 ガッコに何しにきたんだ?

 蛇口をひねる

 水道にはホースがつながれていて

 その先を握る生田はじょうろの中に水を注ぎ込む



「オッケイ止めて」


「へいへい」



 彼はそのじょうろを私に突き出す



「僕は栄養剤をやるのに忙しいから、君は反対の端からこれで水をやってよ」


「なっ なっ なっ……」



 私は人から命令されたことはほとんどない

 あっても従ったことなどない

 でも何でかな

 私は言うとおりにした

 このアタシが人に使われてるよ!

 でも不思議なことに腹は立たない

 むしろ楽しかった




 水を注ぐ

 栄養をやる

 土は花に養分を与え

 太陽は彼らにさんさんと降り注ぐ



 大きくなぁれ

 大きくなぁれ

 そしてきれいなお花になぁれ



 私はしばらく生田につき合って花の世話をした

 通り過ぎるヤツらがポカンとしてこっちを見ている

 見てはならないものを見たかのように

 天変地異か惑星直列でも起こったみたいに

 ふん

 勝手に何とでも思いやがれ



 なぁ島崎

 花もね 人が手塩にかけて世話しないとね

 お水をやって養分も与えてあげないとね

 きれいな花を開かないんだよ

 逆もまた真なりでさ

 水や養分を与えすぎてもさ

 根腐れを起こしてダメになってしまったりすることもある



 人間も同じだよね

 水も栄養もあげないできれいに花開けって言ってもムリだよね

 伸びるわけないよね

 愛と励ましをまず与えないとね——



 ふぅん

 まぁ理屈だぁね

 そりゃそうだ

 水と栄養を与えろ ってか

 私今までそれが与えられないって嘆いてきた

 与えられぬと嘆くよりも

 こちらから先に与えればよかったか?

 そして育てればよかったか?

 そうしたら世界が変わって

 めぐりめぐっていつかは私を潤しただろうか——




 家の中は仄暗い

 母がテーブルの陰で泣いている

 またオヤジとケンカかよ

 何だ血が出てるじゃんか

 私は救急箱を取ってきた

 ガーゼで消毒して絆創膏を貼る

 母はぐしゃぐしゃの顔を驚きで満たしてこっちを見ている

 自分としても意外だ

 普段はもっぱら怪我をさせるほうだからな



 泣くなよ

 私は母の背中をさすった

 母は夢じゃなかろうかという顔をしている

「晩飯の用意、まだ始めないのかよ?」



 母は慌てて冷蔵庫から食材を取り出しキッチンに向かう

「うまいの作ってくれよな。期待してっから」とまで言い添えて私は居間を出た




 私はウサ晴らしによくカラオケに行く

 声をかければ私を恐れるクラスメイトの女子達がすぐに集まる

 王様は私

 みな私の歌をほめる

 そして私がけなすとみなその子をけなす

 いたぶりのターゲットにされた子は萎縮して

 最後にはその場にうずくまって泣いてしまう

 そんなカラオケばかりをしてきたのだけれど——



 だいたいこういう場合には餌食になる山田が来ていた

 本人は来たくないだろうが

 召集に逆らえばあとでひどい目に遭うことを知っているから

 地獄か死刑場に引かれていく囚人のような面持ちだ

 まぁ私のせいなんだけどね

 皆私が音頭を取って山田を血祭りにあげるのを待っている



「山田、歌ってみなよ」

「ええっ」



 山田はついにきたかと青ざめる

 私は昼間の生田とのやりとりを思い出した

 そして母にできた奇跡的な行為を思い出した

 皆がいつもの調子でブーイングし始めたので——



「コラッ。普通に聴けっ」



 私は大声でシメた

 みな私の意外な声にシーンとした



 ……うそっ



 私は今までまったく気付かなかった

 何十回も彼女の歌を聴いていたのに



 ……いい声してるよな



 今まで最初からバカにする目的で聴いていたから



「あんたうまいね。もっと聴かせてくんない?」

 山田が一曲歌い終わった時に私はアンコールした

 そして手拍子もして合いの手も入れてみた

 みんなもビックリしている

 この子こんなに歌うまかったんだ

 そりゃそうだよね

 けなされるって分かってるんだから気持ちよく歌えるわけがない

 道理で今まで分からなかったわけだ——



 気持ちよかった

 みなが互いをほめるカラオケ



「また来ようね」

「うんうん」

「マジ楽しかったね——」



 山田は言った



「次までにまた新しい歌覚えとくね」

「オッケー 楽しみにしてるからね」



 私と山田は見つめ合って笑った

 この時から彼女と私は本当の友達になった



 家に帰ったら夕食が待っていた



 いただきます

 久しぶりにそう言ってから食べた

「うまいね」

「そ そう? 作ってよかった」

「ありがとう」



 似合わね——

 でも言ってみると気持ちのいいもんだね



 おいおい

 泣くなよ

 ほめたんだぜ?

 あんたに泣かれたらさ こっちまで……



 学校が楽しくなった

 休まず行くようになった

 私がひとのいいところを見つけてほめさえすれば

 皆ニコニコ顔だ

 私を恐れる者はなくなった

 学校がこんな楽しいところだなんて

 何でもっと早く気付けなかったんだろう



 母は明るくなった

 いつもありがと 頑張ってって言ったら

 オヤジは母とケンカしなくなった

 そんなオヤジはある日——



「お前 最近は毎日学校行ってるのか」

「うん」

「今からでも遅くはないぞ。もしお前大学本気で行きたいんだったらよ、父さん頑張って学費なんとかしてやっから。お前にその気があるんなら勉強がんばれ」

「ええ? 大丈夫かなぁ」



 勉強丸投げしてたから不安タラタラだ

 でもいいなぁ

 今からでも頑張ればどうにかなるかなぁ

 とにかくオヤジ ありがとな




 生田のやつは相変わらず学校の花壇の手入れに余念がない



「よぉ。また手伝ってくれるとありがたいんだけど」



 ……ヘイヘイ あんたには勝てませんよ

 私はおとなしく生田の横にしゃがんだ



「どうだい? やっぱり人や物を育てるには水と栄養だったろ?」

「ああ。生田はいいこと言うなぁ——」



 いとおしさを込めて私は花たちに水をやる

 本当に優しい子

 かわいい子たち

 みんなで花園作ろう

 花を咲かそう

 互いに励ましあい 伸ばしあい

 待っていないで先に与えよう

 与えられるのを待たないで どんどん人を愛そう

 生田 ありがとな あんたのお陰だ

 本当にお前はいいやつだよな——



 ……ハッ


 今私、生田のことをどう思った?

 ウソッ ウソッ ウソッ

 冗談だろ~

 この私が!?



 この気持ちって

 もしかして—— 

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みんなで花園 賢者テラ @eyeofgod

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