第4話「Q:異世界行ったら本気出す? A:そう思っていた時期もありました。」
木製のカウンター越し。
ギルド受付のおねぇさんが冷たい視線を向けながら、言葉のムチを振るう。
「帰って貰っていいですか? 奴隷希望のマゾヒストさま?」
僕がギルド公認の浮浪者になったのは、この時だった。
◇◇◇◇◇
――遡ること数分前。
僕はギルド会館の正面入り口にいた。
「おお! ここがギルド会館……!」
見あげる建物は石煉瓦でできていた。窓は適度に厚いガラス張り。正面玄関には大きな木製の二枚扉が出迎える。
まさに、よくあるギルド会館。
「やべー、すげー、マジだ―……」
僕の中の語彙力三銃士が顔を出すと同時に、得も言われぬ高揚感が胸を躍らせ、興奮が脳内を麻痺させていく。
「よっしゃ、今日から冒険者だ!」
木の扉をわくわくしながら開ける。
カランコロン、と喫茶店のドアのような音が鳴り、ギルドの中で話し込んでいた冒
険者たちの視線が、一瞬僕へ集まった。
「あっ、どうも……」
案の定、怯む僕。興奮が一瞬で覚める。
普通なら「ここはおこちゃまの来るところじゃないぜ!」みたいなやつがいてもおかしくないところだが、そんなことはないらしく。
集まった視線はちりじりに、各自の世界へと戻っていく。
「セーフ」
…………何が?
そんなロ〇ナプラの住民みたいな人間はいない。雰囲気はどっちかというと、気のいいおっさんの溜まり場、みたいなものだ。
それでも、気まずいものは気まずいが、縮こまっていても仕方ない。それこそ、絡まれそうなので、そそくさとカウンターへ向かって手続きをすることにした。
「す、すみませーん……」
「はい。ご用件は何でしょうか?」
僕は木製のカウンターの向こうにいる受付嬢へ声を掛けた。
すると澄んだ声が返ってくる。
背は僕よりも少しだけ小さい。支給されたであろう制服は胸元がはち切れんばかりに大きく、目のやり場に困るほどだ。
これが噂の万乳引力。ウ~ム、けしからん。
「……あのう。要件は……」
「あっと、えっと……その、冒険者登録を……」
急かされて慌てふためく。
貴方の胸に溺れてました。なんて、カッコ良くもなんともない。
「――冒険者、ですか?」
受付嬢は僕の言葉に驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に戻る。
――まぁ、それもそうか。
恰好が恰好だ。部屋着で戦闘に行く勇者がどこにいるというのか。そこらへんのおじさんたちでさえ、プレートアーマを着ているというのに。
「……えっと、でしたら。五ギル必要になります」
「はいはい、五ギ――えっ、なんて?」
知らず、声が上ずった。
「ですから五ギル。登録料として頂かないと、こちらとしても、認証できませんので……」
「えっと、ない……ですね……」
ぬかった。
まさか、登録料なるモノが必要だとは思っていなかった。
「え? 何しに来――いえ、どうなさいますか?」
ちょい。本音漏れてますよ、お嬢さん。
だが、これは本気でまずい。マジで死活問題に直結する。
勇者でもなければ戦闘スキルもない。王様に資金を貰えるわけでもなくて、才能もない。生き延びるためには、乞食並のアクションを起こさなくてはいけないのだ。
ならば、それを発揮するのは今では――?
僕はヒモ野郎もいいとこに、ねだるように食い下がる。
「ぼ、冒険者登録(仮)みたいなシステムがあったり――」
「しません」
「土下座したら、ワンチャン――」
「ありません」
「おねぇさんの奴隷になるので――」
「……ねぇよ。色ボケ豚野郎」
わぁ、ありがとうございまふ。
ヒモ作戦失敗。興奮した……じゃなくて、徹頭徹尾断られてしまった。
さっきまでの営業スマイルはどこ吹く風、鉄仮面さながらの無表情。対クレーマーの潮対応だった。
事の顛末をまとめると上記の通り。
という訳で僕は、晴れて公認ホームレスになったのだ。
◇◇◇◇◇
ギルド会館を出た僕は、見知らぬ家の塀の下に座り込んでいた。
空は青いのに、お先真っ暗。加えて僕の周りも何だか暗い。
うん。死にてぇ。
理不尽な世界はどこに行っても変わらないらしい。僕が世間に甘いんじゃない。世間が僕に厳しんだ。
助けて、神様。
そう思っていたら。
「おい。そこの浮浪者よ!」
突然、声を掛けられた。その声は幼くまだ、舌っ足らずに聞こえる。
見上げると、ロリっ子がいた。それも高貴だと一目でわかるような恰好をしたロリっ子だ。赤を基調としたドレスに、ピンクの髪。
私はツンデレの権化です。と「くぎゅボイス」で喋りそうなそいつは、僕に話しかけているようだ。
「そうじゃ。お主じゃ!」
なんだこの属性の宝石箱。
世界の普通が巨乳なのだとすれば、イレギュラーはヒロインだ。世界の普通には当てはまらない、尖ったキャラが必要になるはずだから。
そして、その法則からいくと目の前の「のじゃロリ」がヒロインになっちゃうわけで。
「お主、困っとるじゃろ?」
フラグ立ってるじゃないですかやだー。なに? 助けてくれるの? こちとら最近幼女に傷つけられたばっかで、傷心の身なんですが……
「うちで、働かんか?」
おっと、詐欺師か。危ない危ない、ちょっと心が傾きかけたぞ。
だが、僕は知っている。きっと、ア〇メが斬るみたいな結果が待っているんだ。絶対そうだ。僕は絶対に騙され――
「三食昼寝付き、ざっと見積もって月三十、いや四十ギルは出そう。働きようによっ
てはボーナスも――」
「一生付き従います。お嬢様(イケヴォ)」
……我ながら見事な、掌ドリル。結局世の中、金である。
だが、そうでもしなければ、金は得られない。この世界にハローワークがあるかもわからないし。
そうなれば現状、幼女の手を取るという手段しか残されていない。そして少なくとも、蜘蛛の糸を掴むよりかは太い。
「うむ。では、我が家へ行こうではないか」
快活な笑みを浮かべ、のじゃロリは踵を返す。
するとそこに馬車がやってきて、従者らしき執事が扉を開ける。誘われるまま乗り込むと執事も乗り込み、幼女の隣に執事。対面に僕と言った構図になる。
「では、行こう!」
幼女が合図をすると、馬が鳴いて走り出す。
ガタガタと石畳の道を駆けていく。
――なんか知らんけど、超絶ラッキーなのでは!?
人知れず拳を握って、僕は嬉しさを嚙み締める。
「お主、名はあるか?」
突然幼女がそんなことを言った。
「あっ、えっとー……」
あるにはある。だが、この世界で「サトゥー」とか名乗っても面白くない。まして、本名で呼ばれたくはない。僕は変わると決めたのだから。
「ありません。ありませんが……もし、よろしければ、名前を付けてはもらえないでしょうか?」
おずおずとそんなことを聞いた。幼女相手にみっともないのは分かっている。だが、相手は高貴であり、ヒエラルキー的に言っても上だろう。
僕と主人の関係は、最早、主従だ。ならばもう、プライドを持ったところで関係ない。
「ん? よいぞ。ちょっと待て……」
幼女は腕を組み、唸り始める。
出会ったばかりの人間の、それも浮浪者の僕に、そんなに悩むことがあるだろうか。幼女の感覚で言えば、ペットに名前を付ける感覚に近いのかもしれない。だが、悩んでくれるだけで、僕は嬉しかった。
「よし、決めたぞ!」
顔を上げて幼女は僕を見つめた。
同時に、僕の鼓動が早くなる。
「お前の名は――」
「僕の名前は――」
妙に間を溜める幼女に、僕はごくりと唾を飲む。
しん、となった馬車の中には、馬が駆ける音だけが聞こえる。
「――ヴォ〇デモートじゃ!」
「名前を言ってはいけないあの人!?」
「……? 何じゃそれ?」
「あ、いや。できれば別の名前にして欲しいです……」
「そうか。いいと思うんじゃがのぅ……」
幼女は再び、唸り始めた。
真剣に考えてくれているのには違いない。
だが、その幼さ故、幼女は知らない。
この世で恐ろしいものは、金でも女でも権力でもない。
――著作権という法であるということを。
「異世界転生」ってタイトルに書いとけば、どうせ見てくれるんでしょ? 麻上篤人 @031-2
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