第36話 黒咲葉菜「わたくしのお仕事見学」②

「国防省総務三課の黄瀬です」


「同じく、緑埜です」




 ヒロトさんの名字は、「黄瀬きのせ」とおっしゃるようです。




 しかし、ありていに申し上げて、黄瀬ヒロトさん、巨大な体躯たいくに黄色いドレッドヘアは、公務員という職業にはそぐわないように感じます。


 その容姿に園児たちが恐れおののくことを想定しましたが、そうはならず、子どもたちは男女問わず、ヒロトさんの脚にまとわりついています。




「はーい、みんな! 黄瀬さん、歩けないから離れてー」




 ヒロトさんの歩行に支障が出ることを理由に、須藤先生が離れるように促しましたが、ヒロトさん自身は、園児たちがまとわりついたままでも、難なく歩いていらっしゃいます。


 のしのしと音が聴こえるようです。


 見ようによれば、ガリヴァーとリリパット国民のようにも見えます。






 お仕事見学は、わたくしたちが緑埜さんとヒロトさんのご案内について行く形式で始まりました。


 わたくしは、緑埜さんの背広の裾を掴みたい思いを我慢しながら、後をついて行きました。




 最初の見学先は、総務課です。




「せんせー、つまんなーい」




 広いお部屋では大勢の方々が、勤務していらっしゃいますが、特に見栄えはしないため、園児たちは退屈そうです。




「緑埜さんのお席は、どちらですか?」


「ああ、ここは一課と二課だけなんで、僕の席はないんです。総務三課は八階なんですよ」


「そちらは拝見できるのですか?」


「いえ、今日の見学コースには入ってないみたいです」


「そうなのですか……」




 非常に残念です。


 それが本日の目的のひとつでしたのに、早速崩壊してしまいました。


 緑埜さんが毎日座っていらっしゃるお席に、わたくしも腰を掛けてみたかったのですが。




 見学スケジュールの用紙を確認すると、次は国防隊員の訓練の見学です。




「ここでは、【漆黒の亡霊ブラックファントム】の妖魔獣と戦うための訓練をしています」




 訓練場の案内担当の桐山さんとおっしゃる男性が、子どもたちに説明をしてくださいます。


 屋内の武道場で、筋力トレーニングや実戦形式の戦闘訓練などが実施され、見た目にも派手なため、園児たちははしゃいでいます。




「しかしお前、総務三課のままで満足してんのか? お前もそれほど弱いわけじゃねえだろ」




 桐山さんが、隣にいらっしゃる緑埜さんに話しかけました。




「いやいや、僕なんか戦力外通告されたようなもんやから」




 緑埜さんは元々、国防隊の戦闘員だったのでしょうか。


 どういうことでしょう。


 わたくしが拝見する限り、こちらの桐山さんとおっしゃる方は、明らかに緑埜さんよりも戦闘能力は低いように感じます。




「どうだ? 隊員に戻れるように、俺が上に言ってやろうか?」


「ええよ、僕は総務三課、気に入ってるし」




 わたくしもそう感じます。




 もちろん、総務三課という部署のお仕事内容は存じませんが、国防隊員は主にレヴナント程度の相手に苦戦するくらいの戦闘能力です。


 品の欠けた言い方が許されるのなら、雑魚ザコです。


 緑埜さんにそのような低い水準の戦いは似合いません。




「なあ! ボウエイジャーはここにはいねえのか?」




 源太郎くんが桐山さんに言いました。




「ああ、ボウエイジャーは国防省とは関係ないから、ここにはいないんだよ」


「つまんねーの!」


「言っておくが、ボウエイジャーほどじゃないけど、俺たちもかなり強いんだぞ?」




 桐山さんは腰をかがめて人差し指を立て、源太郎くんと目線を合わせて笑顔でおっしゃいました。




「お! じゃあ、俺と勝負だ!」




 腕まくりをしながら言った源太郎くんは、桐山さんにお相撲すもうを挑みました。が、源太郎くんは桐山さんに簡単にゴロンと投げられてしまいました。




「ぼくも!」「あたしも、あたしも!」




 園児たちがこうなってしまったら大変です。


 次々と向かってくる園児たちを、桐山さんは一人ひとり、丁寧にお投げになりました。




 しかし、園児の一人、皆人みなとくんだけは、離れて見ているので少々心配です。




「良かったら、先生も一緒にどうですか?」




 桐山さんが息を切らせながら、わたくしをご覧になり、おっしゃいました。




「いえ、わたくしなど、とてもとても……」




 あなたを再起不能にしてしまいます。




 お相手が桐山さんではなく、緑埜さんなら喜んでお相手するのですが。


 お相撲を理由に、緑埜さんに抱きつき……


 わ、わたくしとしたことが、なんとはしたないことを妄想してしまったのでしょう!




「じゃあ、私が相手してもらおうかな!」




 須藤先生、おやめください。




「よ、よし! じゃあ、かかってきてください!」


「桐山、冗談に決まってるやろ。さ、先生方、そろそろ昼食の時間やから食堂行きましょ」




 流石さすが、緑埜さんです。


 須藤先生の奇行を食い止めるために、気を配ってくださいました。




 結局、須藤先生が桐山さんに十八回投げられたあと、わたくしたちは食堂に向かいました。




 昼食の盛時せいじは過ぎていたため、国防省の食堂は貸し切り状態です。


 食堂の職員さんは、園児たちのために子ども用の食事をご用意くださったようです。


 ですが、緑埜さんはなぜか、メロンパンとコーヒーを召し上がっています。




「朝、買うてきてもたんですわ」




 どうやら、本日は食堂で召し上がる予定ではなかったようです。


 しかし、メロンパンを網目に沿って千切り、召し上がる緑埜さんのお姿、なんと可愛らしいのでしょう。


 これほどパンが似合う方は、やなせたかし先生以外に存じ上げません。




「葉菜さん、ご飯、取って来えへんのですか? 僕、取りに行ってきましょか?」




 なんとお優しいお言葉。


 しかし、緑埜さんにそのようなお手間をとらせるわけには参りません。


 そして、わたくしには、お食事の前にすべきことがございます。




「お食事の前に、いただいたものを試したいのですが」


「ああ、そうですか。ほんなら、食堂を出て左手にトイレがあるんで、そちらでどうぞ」


「ご教示ありがとうございます。では、少々失礼します」






「ぶん、ぶん、ぶん♪ 葉菜がいるぅ♪」




 わたくしが御手洗いに向かう途中、蜜蜂さんに元気な歌で呼び止められました。


 大学では様々な着ぐるみ姿を披露してくださる胡桃沢結華さんは、職場でも同様のようです。




「どう? 幼稚園の仕事は順調?」




 結華さんは蜜蜂の羽をバタバタ羽ばたかせながらおっしゃいました。




「ええ、お陰様でなんとか」


「そっか。で、なに? トイレ?」


「はい、先ほど緑埜さんにいただいた、こちらを使用させていただこうと」




 わたくしはいただいた箱を、結華さんにお見せしました。




「お! コレたぶん、ミドくんじゃなくてきのこさんだね」




 結華さんは、黒と黄色の縞模様の臀部でんぶをフリフリして言いました。




「やはり、左様でしたか」


「しっかし、よく手に入ったよねえ。ねえ、アタシも見たいから、一緒に行っていい?」


「ええ、もちろんです」




 わたくしと結華さんは御手洗いの鏡の前に立ち、早速ソレを使用しました。




「「おお!!」」




 わたくしと結華さんは、鏡を見て驚愕の声をあげました。


 結華さんは蜜蜂の羽をバタバタと動かし、わたくしは羽が無いのにもかかわらず、両手をバタバタと動かしました。

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恋に落ちた戦隊ヒーローの緑と悪役令嬢 ~但し、二人は互いの正体を知らない~ @Left_Brain

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