第2話


(…もう来ていてもおかしくないはず)


 俺は再び辺りを見渡す、と。さっきは居なかった、この場に相応しくない高そうな服を着て、丁寧に撫で付けられた黒髪の女が一名、道の真ん中で右往左往している。


 俺はその迷子に向けて手を挙げた。


「おい、ストラ!こっちだ」


 俺の声にそいつはくるりとこちらを向き、安堵したかの様に満面の笑みを浮かべた。


「いたっ!探したよ随分!!」


 長い髪をわざと前に下ろして胸の王印を隠している彼女の名前は、ストラ。


 大きな黒い瞳に、凛とした佇まい。眉目秀麗で、明るくハツラツとした人格から国民からは愛され役の彼女だが…。


 ストラは悪態をつきながらもこちらに真っ直ぐ歩いてきた。片手に大きな荷物を持っている。


 こちらに十分近づいてきた彼女はマーシィを見受けるとハッと口を開き、俺と交互に見比べた。


「…ぇ、え!?誰この可愛い女の子!ミーンの彼女?…誘拐じゃないよね?」


 いかんせんデリカシーや常識などが欠けている。


 失礼な奴だなと叩こうか、黙らせるために怒鳴ろうかと、その二択に悩んでいた俺よりも先に口を開いたのはマーシィの方だった。


「いえそんな…。良くして貰っているだけですよ。……ところで、内地の御方と見受けられますがこんなところにどういった御用件でしょうか」


 マーシィは、えへへ、とまんざらでも無いような笑顔を浮かべたと思えば、一瞬で表情に影を落として疑心溢れた視線をストラに向けた。


 敵意に満ちている。ストラの事を知っていないし、髪の奥の胸の王印にも気がついていない様だ。

 そりゃ結構大事な重い話をしていたのだ、ぽっと出の女に邪魔されちゃうこうもなるだろう。


 だが、雰囲気を壊されちゃまずいので、俺はたまらず割って入った。


「待て、こいつは悪い奴じゃ無い。紹介するよ、ストラだ。ストラ・フリーダ。今回俺たちの為に頑張ってくれた上の人。……で、こっちがマーシィ。良くして貰ってるのはお互い様だよ、いつも怪我を治してもらってるんだ」


 俺がそう言い切らない内に、マーシィの顔はすぐに青ざめた。


“フリーダ”


 目の前に居る黒髪少女が王族だと、そこでようやく気がついた様だ。


「もう、勝手にペラペラ喋らないでよ!……いいよ大丈夫、気にしてない。マーシィちゃんか。私はストラ、よろしくね!」


 そんなマーシィに構わずストラは屈託無く笑い飛ばす。マーシィも幾分かその言葉に救われたようで、苦い笑顔を浮かべた。


 さて、これ以上めんどくさくなる前に本題に入ろう。


「…で、だ。ストラ、頼んでいたの持ってきてくれたか?」


 片手の大荷物を見るにその心配は無いようだが、話を移すために俺は尋ねた。


 ストラは頬を膨らませながら言う。


「見てわかんない?ほんっと大変だったんだから。……このツケいつか払ってもらうよ」


 そう言いながらストラは、ぐい。っと無造作に荷物を俺に手渡した。


 確かな重量感が右手から伝わる。

 俺は袋の封を切り、中身を確認した。


 重厚な封に入れられた書類が二つと、手の平サイズの透明な球が入っている。


 要望通りだ。


「内地の一区画の土地所有証明書と、販売・経営許可証。…と、天性真球、ほんっっっと大変だった」


 未だ悪態をつくストラに、俺は笑みをかけた。


「ありがとう、完璧。さすがストラだね」


 俺の言葉に、ストラは顔を背けた。しかし緩んだ頬が隠せていない。ストラは本当に“素直”だ、長く怒りを保てない。


 誤魔化す様にストラは顔を上げ言った。


「ミ、ミーンもようやく内地に身を置く気になったんだね。……大丈夫。あるよ、きっと、“天性”」


 こちらを真っ直ぐに見つめながら、勇気づける様にストラは言う。


「…そう、なんですか。寂しくなりますね」


 横で聞いていたマーシィがポツリと呟いた。瞳には若干の涙が浮かんでいる。寂寥か、それとも収入に対する不安か、マーシィの事だ、きっと本当に前者なのだろう。


 さて、俺に天性がある確率は限りなく低い。


 この透明な球を握りしめた時に発生した色によって、天性の有無を見定めるのだが。



 俺は過去に、既に診断を済ましている。

 幼少の頃、そろそろ天性を聞きに行こうかと両親に専門の機関へと連れられた時だ。


 偉そうな国警に難しい言葉を並べられて、訳も分からぬままに天性真球を握らされたのを覚えている。


 いよいよ球の色が変化しようとする瞬間に、なぜか血相を変えた国警が俺をいきなり組み伏せ、俺は気を失わさせられた。



 目が覚めると、直ぐ前に国警と話す両親がいた。


 診断はアンクテッド。色の変化が全く無かったらしい、あの時無理矢理ねじ伏せられたのは、俺がアンクテッドと判明したからだろうか。


「それじゃあしょうがないわね。ミーンには可哀想だけど、また産めばいいしね」


 酷く淡白な母の声が、俺の耳を指した。

 純良家の長男だったにも関わらず両親は一瞬で俺を見限ったのだ、ただ天性が無かったというだけで。



 まぁ、無かったんだからしょうがないな。


「寂しくはならないぞ。……ほら」


「ーー待っ、な。ど、どうしてですか!?」


 俺は小球をマーシィに手渡した。金貨を渡した時とは比べものにならないくらいにマーシィは慌てふためき、ストラもストラで、えぇ!!?と大声で騒ぐ。


「ストラ黙れ。…落ち着けマーシィ。使い方は知ってるな?自分の心の中を見つめながら、強く握るだけだ」


 マーシィは俺の話を聞こうとせず不乱にそれを俺に返そうとするので、俺は無理矢理彼女の小さな手を覆いかぶせるように握った、マーシィはぎゅっと目を瞑る。


「俺を信じろ。……息、吸って」


 強引にそれを握らせられたマーシィは、抵抗を止め俺の言う事に従った。


…そして球はマーシィの手の平の中で濃紺に光る。

 透明の部分がほぼ見えない、濃い紺色。俺の見込んだ通りだ。


「嘘…でしょ…?こんなにはっきり色付くなんて“十信”並みよ……!?」


 ストラが驚愕したように声を漏らす。俺の人選はどうやら間違っていなかったらしい。


「……わ。綺麗……!」


 恐る恐る目を開けたマーシィは、見惚れるように声を漏らす。

 俺とストラは球を覗き込んだ。


“慈悲”


 球の忠心に刻まれるように印字されたその文字こそが、マーシィそのものの人格を現す“天性”だ。


 慈悲、いいじゃないか、ピッタリだ。


「よかったな、マーシィ。……それと、これ。新しい家の用地書に経営許可証。魔法治療、得意だろ?」


 が、依然として放心状態のマーシィは、話がうまく飲み込めていないらしく口をパクパクさせている。そんな事も構わず俺は、さっきの二つの書類を強引に握らせた。


 丸め込むなら、今。


 一世一代の風情の全く無いプロポーズの始まりだ。


「こんなとこで小さくチャリティーに励んでもいつかは限界が来る、実際今も限界近いだろ?」


 口早に俺はまくし立てる。


「内地に来い、ここの皆を救いたいならな。折角自分に天性があるってわかったんだ。来ない手は無いだろ?」


 マーシィはコクリコクリと放心状態のまま頷く。ストラは何かに察したようでため息を吐いた。


「まぁ、そこでだ。……誰のおかげで、今日まで生きて。誰のおかげで天性を明かせた?」


 すぐ隣で「私のおかげよ…。」とストラの声がした気がしたが今は無視。


 マーシィは声細く呟く。


「ミーンさんのおかげ、です…!」


 そう!と俺は威勢良く声を張った。


「わかってるじゃないか。…よし、俺を雇って、一緒に内地まで連れて行ってくれ。内地に行く権利は君にしかない、だが働き手として君が認めてくれれば俺も内地に行けるんだ。……断るのならそれは全部返してもらう」


 めぼしい人材を探し続けたこの数年、マーシィの信頼を得ようとしたこの数年、ストラが天性真球をこしらえるのを待つこの数年、無法決闘場で血を流し続けたこの数年。延々と武術に励み続けたこの数年。


 その全てが今、報われる。


 マーシィはこの提案を断る事は出来ない。自分の保身のためだとかではなく、ただ理由は二つ、単純に彼女は押しに弱い。そしてそれ以上に


「……は、はい!…まだよくわかりませんが、ミーンさんとここの皆が幸せになるなら是非……!!」


 それが彼女の天性だから。



 マーシィはここを出る用意をする、と家に入っていってしまった。間違いなく今までで一番テンションが高い。スキップをしている彼女を見たのは初めてだ。


 俺は“慈悲”と刻まれた球を手のひらで転がす。


 きっと俺の顔もこれ以上にないくらい綻んでいたのだろう。何といったって、内地への移動。俺の夢の第一歩を踏み出せたのだ。


 そんな俺を見かねたストラが俺から天性真球を取り上げて、口を開いた。


「それ。私が製球しとくから。……そこら辺の有望な女の子に目を着けて懐柔、様子を見るに随分時間をかけたみたいだね。…それで挙げ句の果てに言いくるめて寄生か。……ミーンってホントに卑怯だね」


 随分早口に挑発するようなストラの引きつった笑みに、俺は短く言い放つ。


「よく言われるよ」


 誰に何と言われたっていい、マーシィはここに居るべき人材じゃない。



 ……そしてもちろん、この俺もだ。

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