最低の天性“卑怯”、それでも俺は俺を為す
さんずいあき
第1話
ーー法外闘技場にて
一握の砂を握り閉め、目の前に立つ青年を睨む。
『もう君に勝ち目は無い!降参するんだ!!』
剣先をこちらに向けながら、目前の彼は慈悲をかけてはくれるが、きっと本心では無いだろう。
(確かに、
彼のその情けの言葉が、彼自身の威圧感を増させ、辺りの空気が張り詰めさせた。
“天性”が言動と“一致”したのだ。
これが俗に言う“天致”である。
(…奴の天性はおおよそわかった…。“誠実”だとか“温情”みたいなシケた天性だろう……。)
俺だって天性があったらな。シケていたって良い、無いよりマシだ。
右頬に伝う血を拭い、よろめきながら俺は立ち上がった。
「……降参を促すフリして、天致でとどめか?」
俺の挑発に、青年は目に見えて激昂する。
「違う!僕は“誠実”だからそんな事しない!!」
ビンゴ。こいつの天性は“誠実”か。自分から言うなんてバカの極みだな。
俺は更に挑発を重ねる、ようやく見えてきた勝機だ。
「“誠実”だって?こんな町外れの違法決闘場で小遣い稼ぎに使って、“誠実”?」
みるみると青年の顔が赤く染まっていく。
天性は言わばその人の性格みたいなもの、否定されちゃこうもなるだろう。
だが、勝負において冷静さを欠いちゃダメだぞ青年。
『小遣い……!?病気の妹の薬の為だ!!お前なんかと一緒にするな!!』
最もらしい理由をかざしながら、無闇に振られた彼の剣は俺の皮膚に達する事なく空を切った。
明らかに太刀筋が乱れている。
“誠実”な彼が崩れてきている。
「生憎だね、俺も似たような理由だ。…俺達って案外似た者同士かもな」
彼の神経を逆撫でするようにわざとらしく呟いた。
これが案外効果覿面、俺の言葉に彼の圧倒的な威圧感は砂城を崩した様に崩壊した。
「…今すぐその口を叩き潰してやる。天性などどうでもいい、お前だけは許さない……!」
彼の目が殺意で揺らぐ。
天性を捨ててくれるなら、今の俺とイーブンだ。
「もっと“誠実”になりなよ青年」
俺のその一言に、青年はこちらへと大きく足を踏み込ませた。俺の声などもう届いていないだろう、目が怒りに迸っている。いくらなんでもキレすぎだ。
「無視か?」
ここまで自分の事を見失うなんてな。
俺は“一握の砂”の剣先を青年に向け、魔力を込める。すると、足元の砂が巻き上がり、彼の顔面に吹き抜けた。
天性も持たない俺の、シケた技だ。
「っぐぁ!!?卑怯だぞお前…!!」
青年は思わぬ反撃に声を荒げる。
俺は彼の言葉に耳を貸さず、よろめいて体制を崩した彼の首元を、“一握の砂”の柄で叩きつけた。
『よく言われるよ』
顔にかかった砂を払い、気絶し伏す彼の背中に吐き捨てる。
天性持ちに大逆転、今日の賞金は弾みそうだ。
◇
決闘場を後にした俺は、金貨のたんまり入った袋を片手に宿を探して歩いていた。
「…痛って…!」
右頬に鈍痛。俺はよろめいて壁に身を寄せる。
外はもう薄暗い。元より陽の当たらないこの場所、雰囲気はさらに鬱蒼としている。
ゆっくりしてたら野盗の餌食になってしまうので、俺は痛みを我慢し歩き続けた。
見慣れた小道を進む。
すると俺の足がぴたりと止まった。何者かが俺の後ろに居る
違和感の方に目をやると、ボロ布に身を包んだ頬の痩けた少女が俺の服の裾を引っ張っていた。
「…御慈悲を。どうか一枚、一枚お恵み下さい」
白い肌、さらにその肌よりも白いショートカットの髪。全体的に色素が薄く、暗い路地の闇を淡く照らす様に笑う彼女の名前はマーシィ。
真っ当に食事を食べ、真っ当に肉をつければこれ以上の美少女になるだろう。
この場所にはどうも似つかわしくないがしかし、端麗な容姿などここでは全くの意味を成さない。
さて、俺が歩き求めていたモノだ。
「これで足りるか?」
俺は無造作に袋に手を突っ込み、適当に数枚掴んで渡した。マーシィは手のひらにそれらを広げて枚数を数える。
ここで生きていく術は限りなく少ない。
周りを見渡すと、同じ様な放浪者が道の隅でうなだれていた。
天性を持たない者達。その中でも特に秀でた技術の無い者はすべからくこうなる。酷い世の中だ。
「一…二……三、四……」
マーシィの呟く声が暗い道をこだまする。
天に与えられたサガ、天性。
とまぁ大層な説明だが、数人に一人は居る程度。それほど珍しいものではない。
珍しいものではないから厄介なのだ。
「…こ、こんなに良いんですか?いつもありがとうございます…!!」
マーシィはやっと口を開いた。そして照れた様に顔を伏せる。
「で、ではお手を...」
おずおずと差し出された少女の手に俺は遠慮なく手を重ねる。
少し体をビクつかせたマーシィだったが、すぐに何かを呟いた。
『……に贈る』
(…やっぱりなんか慣れねえな)
間を置かず直ぐに淡い光が俺を包みこんでゆく。
そしてその光に照らされた傷は次第に塞がっていった。
魔法治療である。それもかなり高度の。
慈悲とは言ったが、さっきの金貨はこれの対価だ。
俺も回復しなきゃ明日本調子で戦えないし、マーシィもこれが定期的な収入となっている。
こんな関係を、もう数年続けていた。
きっとマーシィには天性がある。これは確信に近い、しかし、
天性を確かめるにはかなりの大金と地位が必要なのだ。
天性真球と呼ばれる天性を見定める魔術道具を使うのだが、それが何と金貨数千もする。
マーシィがこの先数十年を全て労働に捧げば買えるだろうが、それは生活にかかる金を全て無視したらの話。つまるところ不可能なのだ、彼女は永久にここから出られない。
地位を高める為の物を買うには、まず自分の地位が高ければならなと、変化を嫌うこのフリーダ王国のよくできたシステムである。
「…はい。もう痛まないですか?」
そう微笑んだマーシィに、俺は軽く頷く。
マーシィも内地にさえ行ければ、かなりの有力者になれるだろう。国の中枢、主に戦専医療の場で。
しかし、国がそれを許さない。
フリーダ王国は、天性持ちをセレクテッドと呼び、天性持たずをアンクテッドと呼ぶ事を義務付けた。
お偉いさんはわざわざそんな名前をつけて、わざわざ居住区を分け、わざわざ俺達をここに追いやった。
そこまで差別をして、国王は何を恐れているのか。俺にはわからない。
「完璧だ。……最近、どうだ。うまくいってるか?」
今日び親でも聞かない様な事だったが、心配がそれに勝り俺は思わず声に出していた。
満足に飯を食べられていないのだろう。この前会った時よりも、手の平の厚みが減っていたのだ。
「ふふ、何ですかその質問?」
マーシィは年相応に元気に笑顔を見せたが、痩けた頬がその印象を打ち消す。
「…もうとっくに慣れました。それに、今日は、ほら」
贅沢が出来そうですし。と嬉しそうに金貨を鳴らす彼女は変わりなく笑顔だった。
が、彼女に渡した金貨は贅沢に使われる事は無く、全てはここに住む
誰かが強制させている訳じゃない、彼女が望んでそうしているのだ。
数年間見続けたその光景に、俺は決心した。
「…この生活を変える気は無いか?」
俺の言葉にマーシィは一瞬顔を輝かせるが、すぐにぎこちない笑顔を浮かべた。
「またまたぁ、下手なプロポーズかなんかですか?……養ってくれるなら考えない事も無いですけど」
なんちゃって。と言って舌を出す彼女だったが、俺は至って真剣に答えた。
「あぁ、似た様なもんだ。……養われるのはこっちになるかもしれないが」
マーシィは小さく、え。と声を上げた。そして期待と不安の入り混じった表情でこちらを見つめ、言葉の続きを待っている。
しかし残念ながらプロポーズの準備など一切していない。
(良し。感触は悪くない。あとはアイツの頑張り次第だが…)
俺は彼女の期待の眼差しから逃げる様に視線を外し、辺りを見渡した。
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