第3話


 それから事は、ストラの協力もありトントン拍子で進んでいった。


 今は丁度、荷馬車に荷物を積み終え、一息ついたところだ。


「俺らの事、忘れんでよ!」


「元気でね!」


「ミーン、マーシィに手でも出してみろ、アンクテッド総出でお前を殺しに行くからな!」


 その最中に、道行く多くの人が彼女の内地行きを祝った。


「…ま、また会いに来てね…!!」


 中には、涙を流す者までいた。

 マーシィよりも一回り小さいその少女は、右手に“marcy ”と縫われたぬいぐるみを抱えている。


 以前、不眠に悩んだ少女に贈られた、マーシィお手製の魔術道具だ。見た目に反してただのぬいぐるみなどでは無く、強く抱きしめれば強い眠気に誘われるように魔法が編まれている。


 マーシィはこんな風に、ここに住むアンクテッド達の望みや悩みを聞いて、それらを叶える様な魔術道具を製錬し、無償で与えている。渡し続けてきたあの金貨の浪費どころはここだ。


 今俺の懐にある、“誠実”(笑)青年との戦いで大活躍したこの短剣“一握の砂”もマーシィが作ってくれたものである。


 マーシィは優しく微笑みながら少女の頭を撫でた。


「もちろん。…ママに迷惑かけちゃダメだよ。またね、ミゼ」


 そう言いながら、マーシィは微笑みながら、


『ーー君に贈る』


 と小さく呟いた。すると、彼女の伸ばした手は淡く光り始める。何となく心が暖まる様なその光は、マーシィによる“天致”により発せられたものだ。


 きっと本人は“天致”が何たるかを理解していないだろう、しかし彼女はこれを随分前から使いこなしている。


「…うん…!」


 その光に照らされたプアはすぐに泣き止み、安心し切った表情で笑顔を浮かべた。


 天性、“慈悲”。

 他者の苦しみや不安、悩みを慈しみ、寄り添い、苦痛を取り除く。また、そのような行為を厭わず進んで行う者。


 慈悲深い彼女のその生き方を成す、最適な天性だ。…まぁ元から天性とはそういう意味なのだが。


「よし、二人とも準備出来た?境界場に向かうよ!」


 荷馬車前方、運び手に行き先を告げ終えたストラが声を張る。

 別れの挨拶も程々に、俺とマーシィ、ストラは馬車に乗り込んだ。


「じゃあねみんな!きっと幸せにするから!!」


 振り向きざま、マーシィは珍しく大きな声を張る。俺の背後で、おう!と威勢の良い声が響いた。皆、根はいい奴ばかりだ。


 生まれは違うが、長く育ったこの場所を、離れる事に後悔はない。


 俺は一番最後に、荷馬車に乗り込んだ。



 各々積み荷を移動させ、自分の腰を押しつかせるスペースを確保した。


 境界場まで、軽く半日はかかる。

 お世辞にもいい乗り心地とは言えないこれに半日も揺られなければいけないのだ。


 特にする事も無く、手持ち無沙汰で俺は窓の外を眺めていた。

 すると突然、


「き、昨日は本当に申し訳ありませんでした…!!」


 狭い空間、不自然に正座をしていたマーシィがストラに向かって頭を下げた。


 急な出来事に、当のストラはぽかんとした顔をただ浮かべるだけだったが、すぐに状況を理解したようで声を上げて笑った。


「まさかまだ初対面の事言ってるの?あはは、ほんとに気にしてないよ?あんなのまだ全然マシだし!」


 しかし、その言葉にもマーシィは顔を上げようとしない。


 そんなマーシィを見て、呆れた様に笑ったストラだったが、何か閃いた様子で自分のカバンを手繰り寄せた。


「じゃあ仲直りの証に〜……」


 ガサゴソと中を漁ったのち、目当てのものに巡り会えた様で勢いよくそれを引き上げた。


 それは何かの小動物らしきモノが縫われた布の包みだった。

 ネコにもイヌにも見てとれるその刺繍は、今までの生き物のビジュアルに真っ向から喧嘩を売っているような、中々独創的でグロテスクだ。


 彼女は慣れた手つきでそれの結びを解き、中から小さな丸い茶色の球を取った。

 見覚えのあるそれは、過去にストラが俺に同じように手渡した、名前はなんだっけな…。甘くて…、馬鹿みたいに高価な……。


「はい!ちょこれーと!甘くて美味しいよ!」


 そう、ちょこれーとだ。ついこの間食べたくなって闇市まで行ったは良いものの、法外な値段で諦めた菓子だ。


……“誠実”(仮)青年をあと五、六回ぶちのめせばいけるか。ともかく、そのレベルに高価だ。


 俺も食べたい。


 しかし、そんな俺の欲望に構わず二人の仲直りは続行される。


「こ、こんな高価なもの受け取れません!」


 マーシィはそう言いながら顔を上げてみせるが、視線はちょこれーとに釘付けだった。言葉に信頼性が無い。


 俺から硬貨はすぐに受け取るクセによく言うものだな、俺が代わりに食べてやろうか。


「じゃあ俺が貰うよ。…なぁマーシィ、誰のおかげで…」


 俺はストラの手に持たれたモノに手を伸ばした。


「もうその手には乗りません。…こういうのは一回は断るのが礼儀ってもんなんですっ!」


 伸ばした手はマーシィにパチンと叩き弾かれる。そしてそのままマーシィはちょこれーとを手に取らずにパクリと食べた。そしてとろけたような顔で、おいしい…と呟く。


 予期せぬ反抗に、俺は呆然とした。


「よし、これで仲直りだね。…こんな奴の言う事従ってちゃダメだよ。あとは全部あげる、もう甘いの飽きたし」


 そこの仲が直る代わりに、心傷を負った俺がいるのだが。


 ストラはその小包自体をマーシィに手渡した。


「い、頂いてばかりですいません。ストラさん、優しいんですね」


「マーシィちゃんが可愛いから特別だよー。それにもう少し太るべき……」


 次第に、和やかな空気が勝手に流れ始めるが、俺はそれを叩き斬るように言った。


「なぁマーシィ、腹が減って死にそうだ」


 訴えるような目でマーシィを見つめる。


「あ、あげないなんて一言も言ってないじゃないですか」


 マーシィは会話を中断された事に、不機嫌そうにちょこれーとを一つ取り出す。


 そう、彼女はやはり俺の願いを無視する事は出来ない。理由は二つ、彼女は押しに弱い、そしてそれ以上に


「言わせませんよ?」


 マーシィはそう言いながらちょこれーとを無理矢理俺の口に突っ込んだ。少し気に入っていた決め台詞を無為に分断。なんとも慈悲の無いお恵みである。


 口内に広がるほろ苦さと甘さを楽しみながら、俺は不貞腐れる様に横になって目を瞑った。

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