6. 対峙

次の日の放課後、部室に向かうわたしは浮き足立っていた。


 今日も部活だ。猫間くんはきっと『そりゃ来ますよ。部活ですし』なんて言いながらやって来る。今日はどんなお話をしよう。


 と、わくわくしながら歩いていたら。


「あ」


 目が合った彼女はそんな声を出した。


「げ」


 わたしの喉からはそんな声が出た。


 今会いたくないビッチランキング栄えある一位の桧原夕雨が、廊下の先に立っていた。


「……」


 目をそらし、黙ってやり過ごす。


 無用な争いは避ける。それがお互いのためなのだ。


 なのに桧原夕雨はわたしの行く手に立った。


「あの、安達やよひ先輩ですよね。美術解釈部部長の。ちょうどよかった。話したいことがあったんです」


「な、何でしょう?」


「なんで敬語ですか。先輩なのに」


「そ、そうですだ、よね!」


 桧原夕雨が顔をしかめる。やめてよしてそんな目で見ないで。


「……安達先輩。猫間くんを解放してあげてください。お願いします」


 そう言って桧原夕雨は頭を下げた。深く、ていねいに。


 その瞬間わたしは天啓にうたれた。


 この子は、部活だとか、美術だとか、猫間くんの才能だとかのためにこうしているんじゃない。


 この解釈は、間違いない。


「……桧原さん。顔を上げて」


 だからわたしは、正面切って彼女に応えなくてはならなかった。


 桧原夕雨がゆっくりと顔を上げる。唇をかみ、頬をしかめながら、それでも彼女はまっすぐにわたしの目を見た。


 だからわたしもその目を見すえた。そして。


「猫間くんは、あげません」


 あっかんべー、と舌を出した。


 すぐに背を向け走りだす。


「ちょっと、こら!」


 桧原夕雨の怒声を背に、階段を駆けおりる。


「わ!」


 と、三つ下の踊り場で人とぶつかりそうになった。


「危ないですよ、やよひ先輩」


 誰かと思ったら猫間くんだった。


 なんというタイミングの悪さ。今部室に向かうのはまずい。階段の上には、会いたくないランキング一位さんがいる。


「ね、猫間くん、今日は中庭で部活をしましょう!」


 わたしが肩を押すと、猫間くんは「どうしたんですか、突然?」と首を傾げながらも素直に階段を下りだした。


「昨日言ってたでしょう、解釈したいことができたって。気になったことは後回しにしちゃだめよ!」


「でも、それは僕の宿題だって、先輩が」


「答え合わせしましょう! 今すぐ!」


 一階に着き、廊下から中庭に出る。


 中庭には光があふれ、清涼な風が吹いている。いつも陰気で埃の積もった美解部の部室とは大違いだ。わたしにはあの部屋のほうが合っていると、つくづくそう思う。


「それでは猫間くん、回答をどうぞ!」


 この場に似つかわしい、無理につくった明るい声でわたしが促すと、猫間くんは「あー」とか「うー」とか変な声を出し、それから怒ったような顔をしたり、困ったような顔をした末に、ひとつ咳ばらいをしてこう言った。


「……その解釈には、諸説あってですね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その解釈には諸説ある 村井なお @murainao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ