小さなグルメ王

三原みぱぱ

第1話 小さなグルメ王

 その店は江戸時代から続く名門料亭である。


 かの徳川家康公が足しげく通い家臣たちを困らせたという逸話を持つ。


 その料亭に今、一人の小学生が足を踏み入れる。


 少年の名は加味乃下(かみのした)具瑠芽(ぐるめ)という。


 日本食材業界のトップ加味乃下グループのドン、加味乃下(かみのした) 持蔵(もつぞう)の愛孫である。


 小学四年生で持蔵の片腕といわれる具瑠芽はあらゆる飲食店から恐れられている存在である。




「いらっしゃいませ。具瑠芽様。お待ちしておりました」


 オーナーである女将をはじめ板前を含めすべての従業員が出迎えたことにより、具瑠芽の今回の来店の意味を推し量れよう。


「本日はよろしくお願いいたします」


 具瑠芽はその前評判とは裏腹に声変わり前の男子特有の高い可愛らしい声であいさつをした。

 小学生らしく黒い髪を短く切りそろえられ、子供用の半ズボンのスーツは深い青色で落ち着いてはいるが決して暗いイメージを持たない服装。何よりもぱっちりとした二重に可愛らしい笑顔を崩さないさまはお行儀のよいお坊ちゃんのイメージそのままだ。

 その風貌、声、礼儀正しい態度に油断をした店は数多い。

 具瑠芽は二回の大戦を生き延びた料亭の廊下を静かに案内されるがままに歩く。

 この時期、この廊下からみられる枝垂れ桜はこの料亭の名物の一つでもある。


「きれいな桜ですね」


「ええ、何でも当店の初代がここに店を開いたときに植えたものらしく樹齢四百年は過ぎていると聞いております」


 通された部屋は歴代首相も使ったという部屋である。


 部屋自体が高級な骨董品の塊だった。床の間に飾られた掛け軸に壺、季節を感じさせる生け花、重厚な座卓に座椅子。おそらく金に換算するのが難しいブランドと年季が感じられる。それが、お互い主張を消しあわず、あくまで人がこの部屋の主役であると絶妙に調和されていた。


 その名門の店にも悩みがあった。

 名門ゆえの悩み。


「お宅は安定感があるけど、驚きがないよね」


 常連になればなるほどそのような印象を持たれているのが女将には感じ取れていた。


 状況を打開しなければ、歴史に胡座をかいてはいけない。


 その打開策の試金石が具瑠芽のお墨付きがもらえるかどうかだ。


「お待たせしました。具瑠芽様」


 女将自ら給仕する食事。


「これはカレーライス!?」


 何をどう見てもカレーライスだ。


 料亭にカレー!


 確かにインパクトはある。


「どうぞ、冷めないうちに」


 女将はにこやかな顔を崩さずに勧めた。


「では、いただきます」


 具瑠芽はまずご飯だけを口にした。


「これは新潟県魚沼市の山本さんのお米を富士山の湧き水で炊いたご飯」


 具瑠芽は自分に言い聞かせるように呟いた。


 女将の顔に微かな動揺が走る。


 次にカレーの肉を口に運ぶ。


「佐賀県唐津市の田口さん家の佐賀牛」


 続いて玉ねぎにジャガイモ、一息置いて人参を食べる。


「玉ねぎは兵庫県淡路市、阪中さん、人参は埼玉県新座市の木村さん。ジャガイモは長崎県雲仙市の古川さんのところか」


 次々と産地と生産者を言い当てる具瑠芽。


「さすが、神の舌を持つ神の子」


 女将は思わず口から漏れたが、具瑠芽は女将のつぶやきなど聞こえていないかのようにカレールウを口に含む。


「イランはバムのクミン。カルダモンはグアテマラのコバン。シナモンはスリランカのクルネガラ。クローブはインドネシアのアンボン。ローリエはギリシャのカニタ。オールスパイスはジャマイカのオールドハーバー。コリアンダーは埼玉県久喜市。ニンニクは埼玉県行田市。テーメリックは沖縄県国頭村。唐辛子は東京都新宿区。ショウガは高知県高知市。胡椒は福岡県朝倉郡。塩は石川県輪島市。薄力粉は青森県青森市」


 スパイスの産地まで次々に言い当てる。


「そんなところまで……」


 女将は絶句した。


 具瑠芽は女将の様子を気にも留めずにカレーを食べ進める。


「隠し味に、リンゴは山梨県北杜市の白井さん。はちみつは佐賀県佐賀市の光武さん。本枯れ鰹節は鹿児島県枕崎市。 味噌はかがやき味噌の江戸甘味噌。醤油は千葉県香取市の醤油。チョコレートは平成のカカオ九十%。ウスターソースはトイプードル」


 料亭としての意地、和風カレーの隠し味もすべて言い当てられた。


 具瑠芽にとって隠し味は隠れてない味なのだろう。


「皿は伊万里焼、この木のスプーンは秋田県能代市の杉」


 食器にまで言及し始めた。


「洗剤はチーターのパパライム。すすぎは水道水でニ回」


 まるで仕込みから全てを見られていたのではないかと錯覚する。


 脱力する女将に目もくれず完食する具瑠芽。


 最後にフキンで口元を拭き、具瑠芽は女将に向かって言った。


「ごちそうさまでした」


 その言葉で我を取り戻した女将は具瑠芽に問いかけた。


「そ、それで味はどうでしたか? 当店の御客の目にかなうでしょうか?」


 具瑠芽の評価。それを得るために店を上げて素材を厳選し、料理人の持つ知識と技術を駆使して作り上げた一品。


「僕にはよくわからないです。好みは人それぞれじゃないですか?」


 ズコーンと転げる。女将。


 その素材の産地まで見分ける神の舌は繊細過ぎて「料理」としての味がよくわからないようだった。

 具瑠芽はあくまで”食材界”のドンの孫であり、決して”料理界”でないということにみんな気が付いていないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さなグルメ王 三原みぱぱ @Mipapa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る