190827 告解室
母が上階でピアノを弾いているペダルをばしばし踏んでいる
音
が
この部屋にまで響いている
僕は冷蔵庫の中から納豆と豆腐と卵を取り出し
お茶碗にご飯を盛った
23:14
ちょっとした夜食
お腹は空いてないけど食べなければならない
この薬は食後に飲む薬だから
17:31
そのビルに着いたとき既に1分の遅刻だった
雨が降っていて 僕は傘を閉じる
入口から廊下が奥の方まで伸びていてその突き当たりにエレベーターがあった
僕はエレベーターのボタンを押しエレベーターを待つ
下がってきたエレベーターの中におばさんが1人乗っていた
薄い緑色のシャツを着た パーマっぽいおばさん
おばさんが降りる気配はなく 「あれ? この下にまだ階あるのかな?」と思いエレベーターの表示を見るも 既に「↑」の表示になっている
不思議に思いながら乗り込むとやはりエレベーターは下がらず上に動き始めた
僕は4階のボタンを押した
おばさんは3階を押していた
エレベーターは3階に止まる
おばさんはなおも降りることはなかった
おばさんは4階に用があるのだ 僕はそう直感した
おばさんの気持ちの動きが痛いほどにわかる
一枚の扉を開けるだけでも 運動エネルギーとはまた違う巨大なエネルギーが必要で
僕らはだからこそ悩んでいるんだ
4階でエレベーターは止まり
僕に続いておばさんも降りた
目の前の扉を押し開けるとおばさんもついてくる
院内には柔らかな オルゴールのようなBGMが鳴っていた
目と歯以外の病院にかかるのは久しぶりで
それでなくとも僕は緊張した
傘を傘立てに突っ込み
カウンターへと向かう
17:32
初診なので、と複数枚の問診票を渡される
見た瞬間ドッと冷や汗が出る
履歴書だ
そう思う
17:50
問診票をカウンターの人に渡しひと心地つく
見回すとどうやら受診者は子どもが多かった
夏休みが終わる前なのか二学期が始まってすぐなのか
ソースは知らないがこの時期が最も子どもの自殺率が高いらしい
病院的には繁忙期なんだろうなと思いつつ
それにしては人数が少なく
雨のせいだろうな とひとりごちた
いつのまにかあの緑のおばさんはいなくなっていて
あのおばさんがいなかったら僕がああなっていただろう
扉を開けるエネルギーをむやみやたらに膨れ上がらせていただろう
感謝の言葉を名も知らないおばさんに念じた
おばさんの方も 僕が開けたから入ってこれたってのもあるだろうし
17:55
呼ばれ
奥の扉の前へ立つ
一つ扉を開けてしまえば二枚目はさして怖くはなかった
コンコン、とノック二つ、失礼しますと小さな声。
入るとちんまりとした医者が座っていた
話の流れは割愛するが
その受診は18:40頃まで続いた
部屋を出て待合室に戻ると母がいた
遅れてごめんねだとか言っていた
今日行ってなかったらどうしようと思ってとか言ってたが
行かなかったのを雨のせいにされたくはなかったから来ただけだった
18:44
病院のすぐ近くのこぢんまりとした薬局で
処方箋をおずおずと出した
処方だとかそういうのを受けるのは子どもの頃以来で
おくすり手帳なんてものを初めて知って
そしてそのアプリがあることに現代文明の偉大さを感じた
薬は2種類
なんだかすごく丁寧に説明してくれたけれど
とにかく毎日飲まなきゃいけない
いやそういうのがいちばん苦手なんだよなとは思ったがとにかく受け取って僕は
薬局の傘立てに傘を立て忘れていたことに気づいて
1回傘立てに傘を突っ込んでから引っこ抜き 薬局を後にした
18:47
駅前のめしやでご飯を食べる
食後に飲まなきゃいけない薬なのでこのご飯の後に飲まなきゃいけないってことなんだが
何も考えず僕はレモンサワーを飲んだ
どうやらお酒と一緒に薬を飲むのはあまりよろしくないらしく(そりゃあそうだ)
僕は薬を肩掛けカバンの中にしまった
家に帰って
寝っ転がって本を読み
漫画を読み
なぞしていたら
23:10
何も無い時間は一瞬で過ぎる
その無生産さに絶望しつつ
僕は卵をご飯に割り入れた
告解室のようだ
あの部屋の中を思い出しそう思う
病院と言うよりは そう
自分の罪を曝け出す場所
親よりも誰よりも
あの先生の方が僕のことを知っている
もしかすると僕よりも
けっきょく納豆は使わなかった
納豆を冷蔵庫に戻し
23:47
薬を取り出した
それぞれ1錠ずつ
よく見ると少しだけ形が違う
側面が細くて大きく丸まってるのと
側面が太くて小さく丸まってるの
どっちがどっちだったかはもはやどうでもいいことで
僕はその2錠を手に取った
やけに重い
2錠を乗せている手のひらが脈打っている
水はもう注いだ
僕は水を口に含み
錠剤たちを服用した
風景の点描 とんぼ玉骨太郎 @Taron-Bone
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