190605 待ち時間
学生ホールで脚本を書きながら私はぼーっとほかのことを考えていた。
ほかのこと、といっても、特に何か特定の悩み事について思い馳せていたわけではない。
携帯の充電がもつかどうか不安だな、とか、最近蚊が増えてきたな、とか、斜めになってる鉄骨に足をぴったりはめてみたいな、とかそういうことだ。
増える蚊は大問題だ。私は夏服といやあ半袖のものしか持っていない。まあ男はだいたいそうだろう。涼しい長袖の夏服が欲しいところだ、そうでなければ血を吸われまくってしまう。先程も近寄ってきた蚊を1匹叩き殺したんだけれど、なんかあんまり蚊っぽくなかったので、もしかしたらあれは蚊ではなかったのかもしれない。文句は増える蚊の方につけてほしい。判別するほどの目を私たちは持っていない。
閑話休題。
人を待っているのだ。
正確に言うと、連絡を待っている。
待っている連絡は3つくらいあるのだが、現時点で最優先なのは、呑みの連絡だ。
こないだ訪れたドイツビール店が最高に最高だったので、またそこに行こう。という旨の。
彼女--みなさんにとっては男でも女でもどっちでもいいことだが--彼女からあった連絡は「6時に梅田」。梅田、という言葉が梅田のどこを指しているかは判然としない。
17:12。
私は荷物をまとめ、学校をあとにした。
堂島アバンザの書店に立ち寄り、吉行淳之介(よしゆきじゅんのすけ)の本を探す。求めていたものがなかったので、今度は阪急梅田近くの紀伊國屋書店へ。相変わらず求めている本はない。もっとも、私が何を探しているのか、私自身あまり分かっていない。写真集や映画本のコーナーで暇を潰す。
彼女から連絡はない。
17:58。
つまり、待ち合わせ時間2分前ということだ。
彼女はけっこう時間にルーズなところがあり、まあ彼女は仕事終わりにこっちに来るのでそういうドタバタはあるんだろうけど、それにしたってそういうのを見越して集合時間を決めてほしいな、などとモヤっていると、彼女からまた連絡があった。
18:25。
「7時くらいになりそう」
つまりはあと30分ほど私は暇なのだ。
肩からかかるカバンの中には、先ほどまで脚本を書いていたノートパソコンが入っている。15.6インチのゲーミングPC。動画編集・CG作業用に!ってことでスペック高めのものを購入したが、どうにも重くて仕方がない。これを背負って歩き回るのも限度があるし、私は紀伊國屋書店から出る。
紀伊國屋書店前の広場には、八本ほど太い角張った柱が生えている。そこの根元には、誰かを待つ人がそれぞれ背中を預けている。
人を待つにはちょうどいい場所だ。
私はその柱からちょっと離れた壁に、背中を落ち着けた。
カバンを背中から外す。あたりを観察してみる。
就活生だ。真っ先に目に入る。嫌な気分になる……就活生が悪いわけではなく、就活生から連想される「就活」という単語、それが私の気分を悪くさせた。
ひとりはメガネをかけていてスーツを羽織り、もう1人は私服だ。あの、スーツを運ぶやつ……布っぽいあの入れ物……を持っている。そのラフな雰囲気からしてどう考えても就活生だ。
18:30。
スマホの充電が17%になっている。機内モードにする。
誰かを待っていた金髪の女性が手を振った。長身の外人男性が現れ、女性とハグをし、2人で歩き去っていく。
おそろいの灰色のリボンをつけた少女が4人。姉妹というわけでもなさそうで、先頭の子は何やら雑誌を握りしめている。
耳を澄ます。
客引きの声……向こうの方で、何やらビールの試飲会のようなものをしている。ちょっと気になるが、私は今からビールを飲みに行くんだ、やめておこう。
人々の足音、喋り声。
大きな液晶モニターが4つある。陽気な音楽と、低い声の男性の声が、互いのスピーカーから流れてぶつかっている。
この場でもっとも重要なのはエスカレーターの音だろう。2階へのエスカレーターと地下1階へのエスカレーター、さっと見回しただけでも8個のエスカレーターがある。このエスカレーターの音を取ってしまったなら、この場所をこの場所と認識できなくなる……
19:00、ジャスト。
と同時に、機内モードを解除する。
と彼女から連絡があった。
待ち時間終了。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます