190508 夜行バス

 スーツケースのゴロゴロ鳴る、あの今にも雷が降り出しそうな低い地鳴りのような音が嫌いで、私は遠出の際スーツケースを持ち歩かない。

 そうなると、荷物が多い場合なんかには、リュックサックを前と後ろに担いでナップサックを左肩から提げショルダーバッグを右肩から提げる……どういう苦行だろう、みたいなことにもなってしまうことがあるのだが、今日に関してはそうはならなかった。

 なぜかと訊かれれば、荷物が少ないからだ。

 スーツ一式を左手に持ち、財布やコンタクトレンズ洗浄液なんかの入ったバッグを背負うだけ。

 その装備で、僕は梅田の芸術劇場横のモータープールで、夜行バスを待っていた。


 22:45。

 ただの大きめの駐車場としか思えないバス停留所の一角にトタン屋根で覆われた場所があり、そこに人がわらわらと集まっていた。

 人が眠ろうとする時間、これだけたくさんの人が次の場所に向かうために集っている。なんだか奇妙な安心感を覚えた。

 旅に対するロマンや高揚はなくて(就活に行くんだから当然だが)、これが1つの「光景」として馴染みつつあるのだろう。


 23:00。

 僕らはバスに乗り込んだ。

 今回から旅のお供に小さな人形を連れてきていて、僕はその子だけをカバンから出すと、すぐに目を閉じた。

 やがてバスがぶるぶると動き出し、どういう道を通るのかは分からないが、東京へと走り出した。


 2:35。

 僕は目を覚ました。

 そもそもどのタイミングで眠りに入ったのか覚えていないんだけれど、僕はあまり夜行バスで眠れるタイプの人間ではないので、今回のようなパターンは珍しい。

 目を覚ましたとき、どうやらバスは停車していたようだった。脱いでいた革靴をいそいそと履き、僕は何も持たずに外へ出た。


 バスがいくつか並んでいて、そのライトが弱々しくあたりを照らし出していた。

 大きな重機、ブルドーザーのような、が白い駐車ゾーンにすっぽり収まっていて、なんだか妙な可笑しみがある。

 僕はどこともしれない冷たい夜闇を歩く。文字状のライトが平べったくて四角い建物に貼り付いている。

 サービスエリアだ。


 トイレを済ませて建物の中に入る。

 けっこうな数の店が閉まっていたが、同時に、けっこうな数の店がまだ開いていた。

 ぬうっと立っている人影は、廃屋に取り残された蝋人形のようだった。


 夜行バスに戻る。

 いつからか横に座っていたおじさんが、小さく寝息を立てていて、僕もなるべく物音を立てないようにしていたが、フットレスト(その名の通り足を休める場所、だ)を出すときにすごく大きな音がして、その寝息は止まってしまった。

 でもバスのあちこちから静かに寝息がしていたので、僕はそれに包まれ、不思議にさびしさを覚えた。

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