嫌な予感

「北野くん、でいいかな」


 歩きながら木坂が、鼻歌を歌っているような口調で言う。

 僕は素っ気なくなんでも、と答えた。

 結局ついて来てしまっているが、状況が把握できない以上、仲良くしようという気はない。こんな僕の気持ちに、彼女は気付いているのかいないのか、また勝手に話始める。


「じゃ、北野くん。君、本とか読む?」

「人並みに」

「映画とかドラマは?」

「人並みに」

「アニメは?」

「人並みに」


 なんだ、この質問攻め。もしかしたら新聞部のアンケートかなんかだろうか。休日に何してますか、みたいな。


「全部『人並みに』じゃん。君、ちゃんと答える気ないでしょ」


 ずっと僕の前を歩いていた木坂が立ち止まり、不服そうに振り返った。どっちかというと、僕の方がその顔をする権利があると思うんだけど…。


「まあいいよ。ここからが本題だから」


 そう言ってまた歩き出す木坂。

 本題?


「本、映画、何でもいいんだけど。異能力とか超能力とか、霊能力とかそういう能力を持っている人の話ってあるよね」

「あるけど…それが何?」

「私は結構そういう話好きだよ。わくわくする。君は? そういう話、好き?」

「どうかな。僕はリアリティーのある話の方が好きだ」

「ふうん」


 今になって、僕は警戒し始める。新聞部のアンケートなら学校でやれば良いし、そもそも木坂は新聞部じゃないはずだ。


「木坂。本題ってその超能力系の話を見るかどうかか? 答えたからもう良いだろ」


 気付けば、もう校門前まで来ていた。一刻も早く彼女から離れたい。何か、嫌な予感がした。でも木坂は、不機嫌さを前面に出す僕なんか全く意に返さず、明るく答える。


「ごめんごめん、それは与太話」

「はあ」

「君さ…」


 突然声をひそめる。彼女は振り返って僕の顔を見ながらニコッと笑った。


、見えてるでしょ」


 蝉の鳴き声が、止まった。身体から、暑さからではない汗が噴き出る。


「どう? 当たってる?」


 木坂の笑顔がただただ怖い。

 息を整える。黙ってちゃ、そうですと言っているようなものだ。


「幽霊ってことか?」

「見えているものが何かは君にしか分からないよ」

「残念だけど、僕に見えているのは木坂が見ているものと一緒だよ」

「本当に?」

「本当に」


 しばらく、僕と木坂は互いの目を真っ直ぐに見つめ合う。いや、睨み合うという方が近いかもしれない。どちらも引き下がる気配はない。すると、


 キーンコーンカーンコーーン


 予鈴がなった。先に目を逸らしたのは木坂だった。仕方ないね、と呟く。


「じゃあまた今度ね。北野晃平くん」


 そう言うなり、時間だ時間だとアリスのうさぎを思わせるようなことを唱えながら木坂は校舎の中に入っていった。

 僕は深く、深くため息を吐く。


「これはやばいかもしれないな…」


 蝉の鳴き声が戻ってくる。

 嫌な予感はより大きくなって、僕の心を支配していた。

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