僕と、『彼ら』

 真っ青な空に、雲が薄くかかっている。空を覆うほどではないけど、丁度いい割合。綺麗だ。僕はスマホを空にかざし、写真を撮った。パシャリ、と気持ちのいい音が耳に馴染む。


 夏が来た。梅雨が明けてからここ数日、ずっとからっとした晴天が続いている。蝉も自分たちの出番だと言わんばかりに声を張り上げ、その短い命を懸命に燃やしている。うだるような暑さ。最寄りの駅から学校まで、歩いて五分ほどのこの道のりでさえ、バテてしまいそうだ。

 高校二年の僕の夏は、青春のせの字も見えず、気付いたら夏が終わっていた、みたいになりそうであった。


 熱中症になるのを避けるため、途中の自動販売機でミネラルウォーターを買っていると、「おっはよー!」という声とともに背中にもの凄い衝撃がきた。

 ちょうど取ったミネラルウォーターを落としそうになる。しかも、普通になかなかの痛さだ。


「夏だねー、暑いねー。あ、私も飲み物買おっと」


 突撃(?)された背中をさすりながら僕は、眉をひそめる。

 今目の前にいる、僕と同じ高校の制服を着ている少女——暢気のんきにジュース選んでいる——は、断じて僕の友達じゃない。僕の周りには奇襲攻撃のように朝から突撃してくる人は、断じていない。

 人間違いだろう。朝から散々だ。


「やっぱり夏の飲み物といえば四ツ矢だよねぇ」


 くるっと回って僕の方を見る少女。怪訝けげんな顔をする僕。さすがに人間違いに気付くだろう。そう思って僕は表情はそのまま、彼女の顔をじっと見る。


 ん? なんか、見たことがあるような気がする、この顔。

 肩より少し長い髪。きらきらと好奇心に満ちている瞳。そして、あげている前髪。


 僕はこの少女が、同じクラスの木坂明梨きさか あかりであることに気付く。


「おはよう。北野晃平きたの こうへいくん。もしかして、私のこと分かんない?」


 彼女はいたずらっぽく笑って、手に持っている四ツ矢を僕の額に当てた。


 

 木坂明梨。彼女はクラスで明るいグループにいる、傍から見ても毎日楽しそうな少女だ。トレードマークはあげている前髪。愛嬌のある幼い顔は、ついついなんでも許してしまいそうになる——という噂が僕の耳にも届いていた。

 僕は別にクラスで浮いているとか特別静かなグループにいるという訳ではないけど、彼女と直接話した事は一度もない。単純に関わりがないのと、興味がないからだ。

 きっと、このまま一年間、話すこともなかったはずなのだが。

 


「同じクラスの、木坂明梨さん、だよね」


 初めて言葉を出す。考えてみれば、さっきまで彼女が一人で喋っていた。


「うん、そうだよ。良かった。クラスメイトに誰ですかって言われたらちょっと悲しいから」


 彼女、こと木坂はほっとしたような仕草をする。

 でも、今更僕に何の用だろう。北野晃平、つまり僕の名前を言っていたから人間違いではないようだけど。


「僕に、何か?」

「うーん。ここで話すのもなあ」

 どうやら木坂は、学校へ歩いていく学生たちを気にしているいるようだった。


「ひとまず、歩こっか」


 ほらほら、と手で招く木坂。僕は何がなにやら分からないまま、溜め息をついて彼女に従った。

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