僕と、記憶たち

異空 世之

プロローグ

僕と、

僕には、他の人には見えていないものが見えている。

 『彼ら』は幽霊や妖怪みたいな分かりやすいものではなく、少し複雑だ。僕も『彼ら』について分からないことがたくさんある。

 『彼ら』はいたるところに居る。人間が当たり前に生活しているように、『彼ら』も公園やマンション、学校、コンビニ、そこら辺の道端——当たり前に、そこにいる。

 『彼ら』が何者か、それは僕にも予測でしか話せない。



 僕が予測した、『彼ら』の正体。それは、記憶だ。それも、後悔や悲しい記憶。

 そう予測したのには理由がある。



 中学のとき、教室の窓からグラウンドで練習をしている部活を眺めながら、友達がふと口を開いた。


「いいなあ」

「何が?」

「部活。受験なんてほっぽり出したいよ」


 彼はそう言って手に持っている参考書を苦々しく見た。


「あーあ、もう一回試合ができたら絶対負けないのに」


 そう言って視線をグランドに戻す彼の目には、悔しさが滲んでいる。

 彼が所属していたサッカー部は毎年県大会まで行くほどの強さなのだが、今回は惜しくも地区大会止まりだった、というのは僕も聞いていた。

 中三で最後の夏。それがどれほど悔しいことなのか、僕にも少しは想像できた。

 彼の目は、真っ直ぐにサッカーボールを追っている。


「次の試合は受験だろ。絶対勝たなきゃ」


 確か、僕がそんな事を返してこの話は終わった。

 その日の帰り。昇降口を出てグラウンドの横を歩いていると、彼、いや彼の記憶が僕に背を向けて立っていた。

 僕は少し気になって、彼の記憶に近づき顔を覗き込んだ。その時はまだ記憶なんて思っていなくて、興味半分に覗いたのだ。そして、はっと息を飲んだ。

 彼の記憶は、泣いていた。

 唇を噛み締め、目には強い光を宿して、泣いていた。僕が動けないでいると、か細い声が聞こえた。


「もっと…もっと、やりたかった」


 この時、ああそうか、と気づいた。

考えてみると、今まで見てきた『彼ら』の中に楽しそうだったり、嬉しそうにしている人はいなかった。

そして、実際の人より成長している『彼ら』は一人もいなかった。

だからきっと、『彼ら』は記憶だ。後悔や、悲しい思い出が、『彼ら』なのだ。

この予測が裏切られるような出来事は、今に至るまで一度もない。



 『彼ら』についての説明をもう少しだけしよう。

 まずは見た目。普通の人と寸分違わず——という訳ではもちろんなく、『彼ら』は淡いセピア色をしている。古い、モノクロ映画のような色だ。慣れてくればちゃんと見分けは付けられる。ちなみに、幽霊のように透けていたりはしない。

 次に、性質。『彼ら』は毎日同じことを繰り返し続けている。さっき話した事を例にすれば、僕の友達の記憶はずっと涙を流し続け、定期的に「もっと…」と同じセリフを口に出す、ということ。

 まあ、簡単に説明するとこんなところだろうか。初めに言ったように、僕自身も『彼ら』の全容について分からないことが多い。


 ああそうだ、あと一つ。

 僕は『彼ら』と会話できる。『彼ら』には自分の感情があって、それを言葉にする術も持っているのだ。




 僕は思う。『彼ら』なんて、いなければ良かったのに——と。

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