第3話:雪女が体に居候するようです

 春輔は危うく布団の下で失神する所だった。

 妖怪統。水の力を持つトップが目の前にいるという事実を受け入れることが出来なかった。

 しかし、そうでもなければ凄まじい力を持つ火の妖怪統相手に戦えるわけがない。


「じゃあ、雪山が凍ったのって……」

「あれは最後にぶっ放した技が跳ね返されちゃってね……その余波が全部山を覆ってああなったわけ」


 冬月は何事も無かったかのように語る。

 話のスケールが大きすぎる。彼らのケンカ一つで日本は異常気象が訪れるのだ。


「それで、山が凍るのか!?」

「いやもう、辺り一面凍ってくれたおかげで溶けずに済んだけどさ……うん。服は妖力の塊だから一緒に消え飛ぶし、力は失うし散々だよ」

「そういえば俺のシャツ勝手に着てるじゃないか。着るなとは言わないけど、ちゃんと返せよ」

「分かってるよう」


 成程、凍った雪山は消えかけの身体を維持するのに役立ったらしい。

 狙ったわけではない上であのスケールという所が恐ろしいところであるが。

 いずれにせよ、春輔は彼女を部屋に置いていたくなくなった。さっさと家の陰陽師に除霊してもらいたいところだ。


「ま、おかげさまで今は君がいないとすぐ消えちゃうってわけ。天下の冬月様も落ちたもんだよね、うんうん」

「死にかけなのに他人事みたいだ……」

「何のために君に憑りついたと思ってんの? ふふんっ」

「自分の命を他人に委ねるの本当に良くないと思う」

「あたしだって、こんなヘッポコ陰陽師に自分の簪を託すのは──」

「く、ククク、名だたる水の妖怪統がこの有様とは随分と滑稽でありますなぁ!」


 呻き混じりの声が聞こえた。

 冬月も、そして春輔も布団から顔を出してその方角を見やる。

 そこには、息も絶え絶えに彼のスマートフォンを器用に尻尾でボタンを押そうとするトウジローの姿があった。


「おいおい、まだ無理しちゃダメだよトウジロー!?」

「春輔様、手出しは無用。此処で会ったが百年目ェ、我の電話一つで穂村家から陰陽師がやってきて貴様を微粒子レベルまで消滅させるでありますよ! 冬は、冬に関するものは生かしておかないであります!」

「何なのコイツ。後半から身に覚えのない私怨めいたものを感じるんだけど」

「寒いもの冷たいもの全般が嫌いなんだ。爬虫類だから……」

「シャーッ、さっさと春輔様から離れろ雪女め。栄えある火の陰陽師の穂村家の人間に氷の妖怪が憑りつくなんて言語道断、許せないでありますよ!」


 舌を威嚇するようにちろちろ見せながら珍しくいきり立った様子でトウジローは怒鳴り散らす。

 それを見て、大して恐れる様子もなく彼女は言った。


「あたしを祓うのは勝手だけどさ。多分彼も一緒に死ぬよ?」

「何と古典的な脅し文句! そんなものに我は引っ掛からないであります!」

「いや本当だって。だって、その子の心臓にあたしの簪が刺さったままだからさ」

「え?」


 春輔は思わず布団から抜け出した。

 そして左胸に手を当てる。

 違和感を感じた。


「嘘だと思うならここで脱いでみてよ」

「は、春輔様? み、見せるであります!」

「何か、凄く嫌な予感が……」

 

 言われるがままに春輔は上着、そしてシャツを開ける。

 そしてゾッと背筋が凍った。先程左胸に付き立てられた簪が、胸の肉に取り込まれるようにして埋まっている。


「あ、ああ、ぎゃあああああ!? こ、これ、どうなってんの!?」


 爪で擦ると、硬い簪の感触がする。

 左胸の辺りが妙に冷たいのは服が濡れていたのではなく簪の所為だった。

 顔から血の気が引いた。普通なら死んでいるはずだ。


「あたしが完全に生命力を貰うまで、彼の心臓は質に取らせてもらう。もしあたしが死んだり消えたら、簪も消える。そうなったら、心臓に穴が開いて、まあ君は血を噴き出して死ぬね。その簪、今は君の心臓の一部だし」

「は、はぁぁぁぁぁ!? さらっと何やってくれちゃってんの、お前!?」

「う、ぐぐ……! 何と卑怯な!」

「その代わり、君達の妖怪退治には協力してあげるよ? 君はビビらずに妖怪相手に出来るし、あたしは力を取り戻せる。ウィンウィンだよ」

「こんな身の毛のよだつウィンウィンがあって堪るか!」


 というわけで、よろしくね? と彼女は笑った。

 その笑顔だけならば、無邪気な少女のようだ。

 しかし、薄っすらと開いた瞳は妖艶だ。取り込まれそうな気迫を感じる。

 

「よろしくじゃないよ、どうしてくれるんだコレ! 俺一生このままァ!?」

「大丈夫だって。ちゃんと元に戻してあげるよ。あたしの力が戻れば、だけど」

「どうするでありますか、春輔様ァ!?」

「……まあトウジロー。よくよく考えたら、俺達彼女に助けられてるんだよな」

「さっきの話を聞く限り、彼女が問題を持ち込んだような気も……」

「彼女がいなけりゃ俺たちは今頃ヒクイドリの餌食だったのは事実だ。それに、火の妖怪が奇妙な動きを見せているってのも気になるし……恩返しと思えば、なんてことはない」

「うう……そこまでお覚悟を」

「でも正直妖怪に憑かれてるの生きた心地しないし怖すぎて死にたい、でも命は惜しい……これがジレンマか」

「最後さえ言わなければ真っ当な陰陽師としての成長を喜べたのに……」

「だって、正直死ぬほど怖いけど死んだらどうしようもないだろ!?」

「ねえ、内緒話は終わったー?」

「あ、ああ……」


 布団に隠れたまま、春輔は言った。


「……分かった。君に協力するよ。俺だって命が惜しいし、何よりお前の言っていた火の妖怪の動きについては決して陰陽師としては見過ごせない」

「布団に隠れながらだから全然説得力ないけどそう言うことにしておいたげよう」

「でも春輔様……こいつは曲がりなりにも妖怪でありますよ。本当に良いのでありますか?」

「ああ分かってる。だからトウジロー、俺が怖さで発狂しそうになったら……じゃなかった、冬月が人間に危害を加えそうになったら、容赦なく穂村の陰陽師を呼んでくれ。俺も死にたくないけど、こいつが暴れるよりはマシだ。死ぬのは怖いけど」

「微妙に情けない辺りが春輔様らしいでありますな……」

「怖いモンは怖いんだよ!」

「あたしも消されるのは嫌だしねー、そこは弁えるよ?」


 妖怪統を身体に宿していることが知れれば幾ら春輔と言えど命の保証はない。

 前代未聞だ。式神ならともかく、陰陽師が妖怪統を身体に宿すなど聞いたことがない。

 流石に穂村家に伝える勇気は春徒にもトウジローにも無かった。



「それじゃあよろしくね、春輔っ。えへへっ」

「……ああ、もう何でもいいや……よろしく冬月」


 

 こうして笑ってるだけだとただの女の子だが……彼女は妖怪、それも雪女の姫様だ。

 先が思いやられる、と春輔は溜息を吐いたのだった。



 ※※※



 結局、春輔は疲れのままに昨日は眠りに落ちてしまった。

 冬月はというと、妖怪が近くにいると眠れないだろうと言って、さっさと押し入れの中に入ってしまった。

 ワンルームな上に、冬月はあまり春輔から離れて行動する事が出来ないらしく嫌でも共同生活を送らざるを得ないのだという。

 なかなか、彼女も気の毒な身の上ではあるな、と春輔は同情していた。

 そもそも、妖怪に対する恐怖感は彼の中でも生理的、更に根本的なモノだ。相手が誰だろうと今更どうこう出来るものではない。

 そして、それでもお人好しではあるので、冬月については身を案じていた。彼女の仲間が今どうしているかは分からない。しかし、山に落ちた雪女は彼女は一人だけだった。


「春輔様……大丈夫でありますか?」

「正直、生きた心地はしない」


 胸を触る。彼女によって埋め込まれた簪が冷たい。


「……だけど、放っておけるかと言われればそうじゃない」

「お人好しでありますな……」

「それに妖怪統が動き出しているとなると、他の陰陽師の家も察知しているかもしれない」

「じゃあ、猶更バレないようにする必要があるでありますな……」

「幸いこの辺りは妖怪はあまり出ないと思ってたけど、今日の事件で陰陽師もやってくるはずだ」


 ニュースでも取沙汰されていた。この近辺の温度が急激に下がったのは異常気象による冷夏だと報道されていた。

 

「実態は、冷夏どころじゃないんだけどさ」

「この分だと陰陽師はとっくに気付いているでありますな……」



 ※※※



 すっかり誰もが寝静まった丑三つ時、冬月はそっ、と襖から顔を出し、春輔の顔を見た。

 悪い夢でも見ているのか、少しうなされているようだった。


「……ごめんね。大変な事に巻き込んじゃって」


 溜息を吐く。

 ふよふよ、と浮き上がると少年の寝顔にそっ、と手を添えてやった。

 何処か寂しそうに、冬月は笑みを浮かべた。



「……あたしの事、本当に覚えてないんだね。──シュン君」

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ビビり陰陽師の俺は雪女に心臓を凍らされて変身ヒーローになるようです タク @takugunkantenryu

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