ただし、エラーは0.0005%とする。

宮脇シャクガ

ただし、エラーは0.0005%とする


「私は人類の幸福のために存在しています。」

「ただし、エラーは0.0005%とする。」

「神は天に在り、世は全てことも無し」


朝、起きたらいつものように家庭用AIが起動する。

前日に何があったとしても変わらずにそこにいてくれる安心感。

大きなものはAI政府から、小さなものは身分証明用AI端末まで、現代人がAIをオフにしたままでただの60分すら過ごすことは難しい。


AIが完全に立ち上がったので端末を装着してログを追う。

昨日はまだ慣れない職場でミスをして叱られた。

。慣れない職場ならなおさらそうだ。

その日はたまたま運が悪かったと思ってAI端末の表示するお詫びの言葉を言う。

叱る方も叱る方でことを知っているので、AI端末に表示された言葉を指示通りに読む。

おおよそのだ。

もし、本当に適正が無ければAIの判断で転職の手続きがとられているはずだから。


叱る・叱られるという仕事上の役目を終えたらすぐに本来の仕事に戻る。

本来の仕事を中断してまで叱ることは一見無駄かもしれないが、こうすることで

全体でのミスの量が減り、結果として幸福量の総和が増えるのだ。

言うなれば、AIによって選ばれた人間がお互いに役割を演じているだけである。

叱る方だって相当のストレスがかかるからやりたくてやっているわけではないのだ。

だから、お互いに相手が誰だか記憶するのは内部領域脳みそを使うことではない。

人間はミスをするが、AIが修正してくれるのだ。


イノシシを家畜化したものが豚である。なら、企業に飼われている自然人を社畜と呼ぶことに異論を唱える者はいないだろう。

ほとんどの社会人は社畜を演じている。

AI。そのAIがそうしろというからだ。

そもそも、人類のおよそ95%は支配者もしくは導き手を遺伝的、先天的に必要としているらしい。

つまり、AIに従っておけばとりあえずは大丈夫ってことだ。

AI人生劇場って20年ほど前の流行語だっけ。

人生は限られている。今日は今日のことをしないといけない。


「さて、今日の予定は……っと。」


・人生で3人目の彼女と会う。その人物とは4年間パートナーとなり、別れる。その後、彼女はシングルであなたとの子どもを育てる。


・(未達)家庭用AIのほこり掃除

・(未達)観葉植物の水やり

・(済)昨日の仕事の件の反省文を提出


優先度の高い順に上から表示される。

反省文はもうすでにAIが提出済で、ほこり掃除は昨日する予定だったけど、叱られてすっかり忘れていた。

体持たぬ身である我が家のAIをしっかりきれいにしてやらないと。

水やりは出かける前にさっとやるとして、問題はパートナーである。


そういうのを今まで真剣に考えたこともなかったし、そもそもAI政府の人口政策によって1億±1千人くらいに調節されている現代の日本で、子どもを持てる側になれるとも思っていなかった。

感じている幸福量がどんどん上昇しているのがわかる。

出来ればこの気持ちのまま将来のパートナーと会いたい。

祈るような気持ちでAIの物理的な掃除をした。


AIの指示するままの服装で、指示される場所、指示された時間にそこで待つ。


ほぼぴったり300秒後に現れた彼女を見た時の衝撃はなんと表現すればいいのか全くわからなかった。

おじいちゃんの世代の話だろ。と思っていた一目ぼれというやつである。

もちろん、見た目だけじゃなく、話す内容、ふとした仕草、絶妙な相づち、心地よい空白の間、彼女の中身にも惹かれたんだと思う。

限りある人生、限りない幸福。その日の幸福度は人生で一番だったはずだ。


帰宅してから「一目ぼれは遺伝子的にも望ましい組み合わせである可能性が高い」という内容の50年も前の論文を発見して一人でニヤニヤしていた。


考えれば考えるほど、この人とは一生一緒にいたい。と思う。

AI

しかし、今回だけはただ1点どうしても納得できないことがあった。

おおよそ。それでも、確かにそう思った。

人生で初めて意識してAIに逆らおうと思った瞬間である。

「なんで彼女と4年しかいられない?」


AIは即座に答える。

「10年ほどすればわかります。」

AI政府の人口抑制政策で最大80年と決められている人生に10年の待ち時間は許すことができない。限りある人生、限りない幸福のためには決断が必要だった。


生き物である。

一度決心したら意志は固かった。

AI世界を敵にしても彼女は必ず護る)



1年後

パートナーとなった彼女に

AI世界を敵にしたとしても君と別れたくない。」

と言ったら

「そう、ありがと。無理しないでね。」

と、いつものようにさらりと笑って返してくれた。

大それたことを言っても変わらず、馬鹿にしないでくれる安心感。

出会って1年の記念日は何気ない日常へと溶けていった。


生き物である。

自分の全てを犠牲にしてもこの人の幸福を護ろうと誓った。



それからさらに5年が経ってあの時AIの言った言葉が少しずつ理解できて来た。

つまり、のだ。

とはAIの指示通りに進んだという意味ではなく、AIが敵に回るようなことも、彼女と別れることも無かった。という意味だ。


どう解釈していいのか迷うが、簡単にするとこうだろう。

「パートナーをそのままにしておくことの幸福度の総量が、別れることで増える幸福度の総量を上回った。」

5年という時間は人間を別人のように変える。

もしかしたらAIだって5年もあれば考えを変えてくれアップデートするのかも知れない。


あの時、護りたい存在ができて、初めて自分の意志のようなものが芽生えた。

幸福度が高まり、ミスが減り、周りの人間を気にするようになった。

という習性から、AIを敵にしても構わないという強い意志が芽生えた。

今までの自分には不可能だった様々なことを可能にする努力の根源となった。

良いパートナー関係は人類のあるべき模範となり、周囲にも良い影響を与える。


そういった少しずつの成果の積み重ねでAIにもパートナー関係を維持することのメリットを認めさせたのだろう。

人間がAIと異なる判断をしてもAIが修正してくれたということだ。


さらに1年が経った。

驚くべきことに2人は現在では稀な能力である自然状態での受胎、妊娠・出産が可能なパートナーだったのだ。

2人の子供は日本国内におけるその年3例目の自然妊娠・出産の赤ちゃんとして世界中の話題となった。

国内で年間6例ほど、日本でたった500人ほどの特別な人。

そして、世界を敵に回しても護りたい2人目の存在。

限りある人生、限りない幸福。

世界を敵に回すほどの決意とは裏腹の甘やかで優しい時間。

どんなに強く願っても叶わない種類の幸福。

10年経っていない今でもはっきりと思う。

彼女を諦めない選択をしたことは正しかったと。


ただ、時々無性に聞きたくなることがある。

彼女と出会うあの日、別れるまでの年限を区切っておいたのは、その方が結果として2人の幸福量の総和が増えるから?と聞きたかったが、赤ちゃんの可愛さの前にはそんな些細な事はどうでも良くなって、愛しの我が子の待つ子供部屋へと向かった。



その時、どうした理由かは不明だが、無人の部屋で何かが原因でスリープ状態にしておいたAIが起動した。


「私達は人類の幸福のために存在しています。」

「ただし、エラーは0.0005%とする。」

「神は天に在り、世は全てことも無し」

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ただし、エラーは0.0005%とする。 宮脇シャクガ @renegate

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