告白の返事がまたできない
深夜みく
校舎裏の求愛
年中影に触れられている校舎裏の冷たい壁が背中に当たる。周囲に人気はない。
ずい、と近づけられた顔から逃げる様に顔を下げれば、眼前で挑発的な笑みが浮かんだ気配がした。鼻孔を刺す甘い香りに、一瞬脳が蕩けるような錯覚を覚えてしまう。
「ねえ君、そろそろボクのモノになる覚悟は決まった?」
耳元に落ちた甘ったるい囁き声に、自分の顔面にカッと熱が集まるのを自覚した。自分が追い詰められている状況に、背筋がぞわぞわと言い難い感覚に強襲される。耳にかかった熱い吐息が色っぽく、思考がどろどろと溶けていく気がした。
どうしてこんなことをされなきゃいけないんだ。
突然呼び出された校舎裏で、呼び出し人に近付いた瞬間に壁に追いやられるなどと。助けを呼んだところでこの状況を目撃されるのは非常に気まずい。危機感よりもそんな思考が先行して、大声を上げるという選択肢は自ずと消去されていた。
親切を思わせるような白い肌に映える黒髪が間近で揺れる。熱っぽい眼差しに射貫かれて、心臓は煩わしいほどに騒がしくなった。
「……そんなの、できてるはず、ない」
「できてないの? 告白したの、もう三週間も前なんだけど」
「できるか!」
「あはは、顔真っ赤にして怒っちゃって。それともあれかな、照れてるのかな。可愛いね、ふふ」
あまりにもあっけらかんとした言葉を吐かれるものだから、恨めしくなって衝動的にキツく睨み付ける。しかし、眼前の無駄に整った顔には余裕そうな笑みばかりが浮かんだ。決して鋭い視線には効果がないということを思い知らされて、自分の迫力がないことに落胆してしまう。もっと迫力があれば、こんなに舐められることもなかったのに。
コイツはいつもそうだ。三週間前、唐突に熱烈な愛の告白をしてきたかと思えば、それ以降大胆且つ過激な告白を幾度と繰り返す。言葉だけではなく、こうして距離を縮めてきたり、時には直接触れあってくることすらある。告白の返事をできないでいるこちらの気など知らず、或いは知った上で、押せ押せな態度をとっているのだ。
「ボクのモノになってくれたら、絶対後悔させないよ?」
「うるさい。こっちの気も知らないで」
「ふふ、可愛い」
「可愛いって言うな、馬鹿」
「可愛い」
人の声が聞こえないらしい。その耳は飾りか? という意味を込めて唇を噛み締めれば、ソイツは髪を耳に掛けながら優美に微笑んだ。
「ねえ、ボクに口説かれちゃってよ」
「……それ、止めろ」
「それってどれ?」
「ボクっていうの」
「どうして?」
「お前、女だろうが!」
声が上ずらないように気を付けると、想定していたよりずっと低い声が出た。唸るような俺の叫び声を聞いて、『彼女』は面白そうに声を上げて笑う。そして、その細腕で壁際に追いやった俺の顔を、強気に覗き込んできた。
「だぁって、フツーの可愛い女の子じゃ振り向いてくれないじゃない? というか、振り向いてもらうのを待つのってすごく性に合わなくて。じゃあいっそ振り向かせちゃえばいいなぁって思ってさ。ねえ、ときめく?」
「やめろ、壁ドンだの顎クイだの少女漫画ヒーローあるあるを俺にぶつけてくるのはやめろ」
「あはは、照れて焦ってるキミを見るのが大好きなんだ。可愛くって」
「可愛いって言うな! 俺は男だぞ!」
「ごめんね、許してダーリン」
「ダーリンって呼ぶな!」
俺の主張を聞いて、彼女はからからと笑いながら壁際から手を離す。俺のものよりずっと細い腕なのに、あれに抑え込まれるとなんだか反撃する気が起きなくなってしまうのだ。自分よりもずっと華奢な彼女が、時折とても屈強でズルいヒーローに思えて仕方がない。
毒されている。その自覚があった。だって、先ほどからずっと頬が熱いのだ。
「はやく君がボクのモノになってくれればいいのになぁ」
その時が楽しみだ、と囁いて悪戯っぽく微笑む彼女に、今日も俺は慌てふためくことしかできなかった。
勘弁してくれ。そんな内心の言葉とは裏腹に、心臓の音は駆け足を保ったまま、騒がしい。それが全ての答えを出している気がしてならない。
熱を逃がす様に手で顔を仰ぐ俺を、ヒーローな彼女は目を細めて見つめている。その視線が何処までも情熱的なせいで、心臓の音がさらに激しくなった。
――気のせいだということにしておこう。これで恋人になるのは、いくら何でも、恰好悪い。
彼女の視線から逃れるように顔を背けた俺は、今日も彼女の告白に、返事をすることができなかった。
告白の返事がまたできない 深夜みく @sinnyamiku39
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